これが僕のHIVとの生き方

2013年8月にエイズを発症したHIV患者の闘病記です。日々の生活と素直な気持ちを綴っています。

通院と新薬の病院の都合

昨日は通院日であった。
担当医が一時的に海外留学する為
医師が切り替わる。

この日は内科のみの診察であった。
いつも通り採血をして
結果が出るまで待っての診察。 

前回、新薬の話をあらかじめ打診された。
抗ウイルス薬の錠剤での治療ではなく
注射タイプの新しいものである。

AIDS発症してから、その後の1ヶ月間は
抗生剤での横たわるほどの腹痛であったり
抗ウイルス薬の副作用の経験があるが故
薬の切り替えは未だに躊躇がある。

自分なりに調べて気持ちの整理ができた。
担当医に注射への切り替わりを希望する旨を伝えた。



“薬剤管理”

すぐに切り替えはできず
場合によっては現状の錠剤での
治療になると医師から返答された。

薬剤の管理体制で
新薬を病院に入荷する為には
現在抱えている薬の在庫の一つを
廃止しなければならないという
在庫管理のルールがあるようで

まずは抱えている患者が
どれだけ注射タイプの新薬を希望するのか
統計をとる必要があるようだ。

地方では都会と比べ
HIV患者数が少ないのも
こういったすぐに新薬の切り替えができない
理由の一つかもしれない。

とはいえ
合剤になる前の複数剤飲んでいた時期と
錠剤自体の大きさも小さくなり一粒で済み
かつ 食事を必要としなくなった点は
格段に便利である。

僕としては新薬に切り替えはしたいものの
特には現状でも問題ない。
あればするし、なければ今のままでのいい。
医師にどの程度、新薬を希望するのか問われた為
上記の考えを伝えておいた。 



注射の抗ウイルス剤。
2ヶ月に一度の通院。
通院日も前後一週間でしかずらせない。

制約はあるものの
薬を携帯しておらず
すぐに薬を手に入れられなかったり
服薬を隠れて行わなければならず
そもそも飲み水確保する必要もあったり
といった災害時には強いメリットがあると
僕は考えている。

慣れるまでの副作用が心配ではあるが
切り替える利便性は大きい。

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父の闘病、僕の闘病

今日は休みをとった。
そのため月曜ながら
日曜の感覚で起床した。
朝というかもう昼に近い。

当然ながら家族はいない。
居間には蕁麻疹で休んでいる4歳の姪と
不登校の12歳の姪っ子。
一方はテレビでYoutubeを観て
もう一方はiPadでTikTokを鑑賞している。
そんな今時の子供の背中を見ながら
僕はせかせかと朝飯を食べた。

大きい姪が父が亡くなった頃は
4歳の小さい姪ぐらいだったんだな
僕はそう感じ
ふと

「〇〇は爺ぃじのこと憶えてる?」
姪に投げかけた。

今日は7年目の父の命日である。



『お父さん最近急に痩せたと思わない?』
テレビを見ていた僕と対面して
座っていた母が言った。

全く気にしてもなかった。
見ているが日常の当たり前だからこそ
見えていなかった。

次の晩、父がトイレで嘔吐していた。

「お父さん、最近の便の色は茶色?
黄土色?それとも黒っぽい?」

便に血液が混じっているかを確認したく
無知な父であれば嘘を付けるはずがないと
さらりと僕は問診をした

『黒いよ』
父が返した答えは全く良くない

それが僕が
患者と支える家族の立場の
支える側に立った最初である。

そこから5ヶ月という短い期間で
父は逝った。



父の闘病、僕の闘病

闘病において判断に困った場合
判断する為の材料が
自分の中に足りていないと僕は考え
その材料となるべく事柄を探す。

薬の副作用や
血液検査の内容であったり
時には患者会での生の声である。

それが自分の闘病を
切り開くものであり
自分が納得するには
自分自身で物事を決めていく。

それが僕の闘病のあり方だと信じている。



一方で大病を患った父は
自分で何も判断しようとしなかった。
癌の進行具合も知ろうとせず
自分が末期癌である状況や
余命すら知らずに。

全ては医師と母の2人で
決められていた。

僕が信じている自身の闘病と
あまりにもかけ離れている父の闘病。

患者と家族の関係だと
致し方ないと理解するのだろうが

患者と患者との立場だと
理解しがたく
このかけ離れた闘病のあり方が
僕を数年間苦しめるのである。

「父の闘病は正しい闘病であったのだろうか?
患者と患者としてもっとやるべきものが
あったのではないだろうか?」



“仕方がなかった”

理解しようにも理解できなかったが
甥や姪の成長や
歳をとった母や僕ら兄弟を見ていると
時間の経過と風化で
父の闘病を受け入れられてきている。

デスエデュケーションを施し
自身の死を理解した上で
残される家族に残したいものを託す。

急に末期癌患者となり
5ヶ月の短い間で行うのは無理である。

であればいっそ
向き合わないという方法も
闘病のやり方の一つである。

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通院と新薬の打診

こんばんは
お久しぶりでございます!
全然更新サボってますw



今日は通院日。
本来先週だったのを通院日を間違ってしまい
急遽今日の診察へ。うっかりさん

病院は受診受付時間前から入ったのもあったが
帰りの時間帯まで患者さんは落ち着いてた。
コロナ感染者数が増えてきて
重病以外の患者さんは診察日の間隔を
長めに調整しているせいだろうか?

片道2時間かけて病院に向かうので朝は大変だけど
ゆったりと病院で過ごした。

採血、内科、消化器内科といつもの流れ。



題名に上げている新薬についての打診があったの。
錠剤ではなく噂になっていた
注射タイプの抗ウイルス剤の。

関東の拠点病院はもう導入されてきているから
この病院に導入されるまでしばらくかかるんで
それまで考えておいてねーって。

認可がまだ下りてないと思ってたので寝耳に水。
おやや?まさかの今日打診きたかー!
ただそのうち打診されるだろうなとは思ってたし
自分の中で切り替えるかどうか考えていたので
すんなりと冷静に耳を傾ける。

現主治医、他院で前にお世話になってた元主治医
来年度に担当医が変わるので新主治医、看護師
今日は大人数に囲まれて妙に冷静になれたんで
新薬を試す為に聞きたい内容を伺った。


《※まだ不確かな情報です↓》
月に一度、安定すれば二ヶ月に一度の注射で済む。
なので毎日に服薬から解放される。
その代わりデメリットとして
診察日が前後一週間は動かせるものも固定になる
なので出張等は、診察日を優先する必要がある
最初の一週間は合う合わないの確認で
錠剤を服薬する必要があるらしく
一旦錠剤を飲み始めたら
副作用が出ても軽度であれば止められないみたい
あとお尻に二箇所打つようで痛みがしばらく残るかも
という内容だった!


僕が優先するのは抗ウイルス剤の腎機能負担であり
その旨を医師に相談したが
新薬が故に長期服薬の副作用はなんともいえないと。
(確かにそりゃそうだ)
なのでライフスタイルに合わせて選んでみればとの。

HIV治療を始めた当初は4錠の服薬であったので
今は一錠で当時のものよりも小さくなり
苦ではないものの
全く苦にならないかと問われると
心理負担はささやかながらある。

毎日毎日何年も続く為
ボディブローのようにじわじわと効いてくる。
効いてるなっていう感覚は僕は実はあって
服薬が嫌になることさえある



夜になり、この記事を書きながら
改めて考えているんだけど
地方の病院でHIV患者数自体も都会と比べると少ない点
あとはこうやってブログをやっている点

HIV治療が大きく変わった新しいタイプの治療法を
どう感じたか、体調どうであるか
治療しながら日常生活をどう送っているか
患者目線で地に足ついた内容をここに綴りつつ
地方病院に僕の治療情報を残すのも
僕なりの社会貢献ではないか?
と改めて感じている

今すぐの判断ではないので
ゆっくりと情報を集め判断するつもり。

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プロフィール

ぽけんた

1982年生まれ、九州在住、HIV患者。2013年8月15日に〈いきなりエイズ〉を発症。闘病の記録と正直な気持ちを綴っています。見て頂いた方のお役に立てれば良いです。

服薬
【抗ウイルス薬】
ビクタルビ
【その他】
ネリゾナ軟膏
〔2023年1月現在〕
検査数値 (CD4・RNA)

〈2018〉
450ぐらい・検出値以下 (2/7)
〈2016〉
450ぐらい・29(5/25)
〈2015〉
369・検出値以下(6/8)
〈2014〉
269?・32(4/7)
169・20(3/10)
121・20(2/10)
〈2013〉
110ぐらい・74(12/16)
97・? (11/25)
81・460 (10/7)
155・4000 (9/13)
30・430000 (9/5)
48・? (8/15)
ぼやき
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