これが僕のHIVとの生き方

2013年8月にエイズを発症したHIV患者の闘病記です。日々の生活と素直な気持ちを綴っています。

2014年04月

鳴らなくなったiPhone

LINEからメッセージが届き
電話がなり
メールが送られてきた。

それは以前であって今は違う。

一方通行のiPhoneは今や
うんともすんとも鳴らなくなった。
随分友人と連絡をとっていない。

「今何してるの?」

この問いが僕は苦手になった。
相手に話せるような軽い内容はなく
自分を相手に話ながらも
そこに何かしらの
嘘を交えなければならないからだ。

まずこの問いが来ると考えると
人に会うのが怖くなり
一人を選んでしまう。

いつまでこれが続くのだろうか。
いつかは打破すべきなのだろうが
もう少しだけ待って欲しい。 



変わろうとする

変わっている

変わった



僕は変わろうとしている。
自分が変わるのを望んでいる。
変わりたいと願っている。

過程を得たところで
まだ何も変わっていない。

抜け出したい変わりたい
という想いが増すだけで
悶々とした時間はそのままだ。

変わる為には変わろうと
実際に行動しないければ
いけないとわかっている。

今その過程であるのも
十分にわかっている。

だが行動したところで
実際に何かをなし得ていない自分に
僕ははがゆくて仕方ない。

いつか今を過去として
見られる日が来るのだろうか?

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返答できない想いと兄の想いやり

『何を言ってよいのか
わからず何も言えなかった・・・』

二人きりの部屋で
母は僕に言った。

兄が僕に対する提案をいくつか
母に告げたらしい。
以前僕が兄からその提案を受けた際
曖昧な返答をしていたからだろう。
提案を受けた母は
何も言えなかったようだ。

「それでいいよ。
それがよいだろうし
今はそうしておこうよ」

母の言葉を受けて
僕は返答した。

無言の沈黙が続いた。

沈黙の間に母と僕は
お互いの考えや気持ちは
同じであったろう。

想いやりの有り難さと
HIVの現実に
心が挟まれたのだ。



母以外にはほとんど何も言っていない。

HIVはもちろん
服薬しているのも
通院しているのも。

それだけではなく
就職活動を地道に続けているのも
書類を送り続けているのも
来週面接を控えているのも。

母も僕も”言わない”という
選択をしたからには
中途半端ではなく徹底的に
言わない選択をしている。

それが後々に
家族の為になると
信じているからだ。

そんな僕に対して以前
兄から提案があった。

「希望職種の会社は田舎であろうとある。
求人を出していなかろうと飛び込みで
書類を送るなり連絡するなり
してみてはどうだろうか」

以前の面接を兄に伝えてから
進展がない僕をみかねて
兄なりに心配しているのだろう。

同様の内容を母にも昨日言ったようだ。
場合によっては
兄の知り合いから紹介を
受けてみてはどうかと。

だが紹介となると厄介になる。
HIV故に職場トラブルになると
問題が大きくなってしまう。

「気持ちだけ有り難く受け取っておこう」

母も僕も何も明確に返答せず
曖昧なまま兄の想いやりだけ有り難く
受け取るようにした。



“越えられないもの”

HIVが故に越えられないものがある。

何もかも言えたならば
今回の兄の助けは曖昧に
断ち切る必要はなかった。
想いやりを有り難く受け取って
そこから進展ができていたはずだ。

有り難さを受け取るものの
今の僕はただ素直に受け取れない。

家族に何を言うか。
どう切り抜けていくか。
家族にとって何が良いか。
考えてしまうし
考えなければならない。

兄のやさしさが身にしみるからこそ
反面の悲しさや虚しさに
心が絡まり押しつぶされて
母に掛ける言葉がなかった。

その結果、母と僕は
お互いに向かい合い見つめたまま
しばらくの間沈黙してしまった。

母もきっと同じ気持ちだったろう。

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兄の変化に対する母の探り

しぐさの変化。
言葉の変化。
態度の変化。

兄の変化を僕は感じていた。

ただその変化を口に出す必要はなく
自分の解釈と共にしまっていた。

母との会話の中で
兄について一言あった。
母も兄の変化には
どうやら気付いていたようだ。

「◯◯は、あんたの事を
言わなくなったよね・・・」

いつも通りの母と僕との会話の中で
母は兄に関して僕に言った。
兄の中で何かを考えたはずだと
母は懸命に推測をしていた。
それが何かはわからないままである。



僕に対する気持ちのとげが
一ヶ月前まで兄は
言葉に出て態度に出て
しぐさに出ていた。

たばこは今や値段が高く
金がもったいないとの僕の発言に対して
「働いた金で吸う
たばこは美味しいからねぇ」
と皮肉のとげで返される程であった。

それがここ最近は
とげの生えた皮が剥けたように
兄は全く何もなくなった。
僕に対する苛立ちがなくなったのだろう。

兄の僕への苛立ちはわかる。
自分が忙しい最中に弟は元気になっても
何も考えずのほほんと生活しているのだから
それは誰だって同じだ。
懸命に生きている人ならなおさらだ。

兄の苛立ちがいくらわかっても
僕の目の前の壁は兄ではなく別のものであり
今は壁を一つ一つ乗り越える時だと
全てをただ流れに任せるしかなかった。

見てみぬふり
知らぬふり
気付かぬふりだ。

身近な存在でさえも何も言えない。
一方的なものさしで僕を計られ
その長さを一言も弁明できない。
何度気持ちをかみ殺しただろうか。

兄の態度の変化の理由は
僕が実際に就職活動をしていると
兄に言葉で伝えたからだろう。
僕が変わろうと行動している状況がわかり
少し安心したのだと僕は解釈している。



母に上記の内容を僕は伝えた。
兄と実際にどんなやりとりがあり
僕が今どう兄を解釈しているかを。
母は僕の解釈に納得したようであった。

いくら母と会話する時間が増えたとしても
未だにお互いデリケートな話題になると
腫れ物に触るように慎重に言葉を選ぶ。
僕はあえて言わない内容も多々ある。

それでも自分の中で解釈できない内容は
母に助けを求める場合がある。
違う立場の意見を取り入れると
物事を解釈するきっかけになるからだ。

大抵そういう場合は言葉を慎重に選んで
相手の表情を見ながら言葉を投げかける。
母も恐らく同じであろう。

同じであるからこそ
今回兄に関して一言
僕に言葉を投げかけたのだ。

HIV患者。患者の介護者。
お互いに苦悩がある。
それぞれが解決すべき問題もあれば
力を合わせ乗り越える問題もある。

兄に対する考え方や感じ方。見方。
親と兄弟の立場の違いはあるものの
“家族”としての捉え方は
母も僕も大差ないのだろう。

昨日改めて兄の話題で
お互いに意思疎通を行った。
気付きや考えの共通点に
僕は母と同じ心境であったと実感した。



兄に対して真剣に話していると
話はすっかり反れて笑い話になった。
母も僕もおかしくておかしくて
夜遅いにも関わらず
子供のように声をあげて笑った。

悲しい話も。前向きな話も。
はがゆい話も。これからの話も。
笑い話も。

母と僕は闘病が始まる前よりも
たくさんの内容を時間をかけて
向かい合って話すようになった。

部屋を出ようとドア開く母の背中を見つめ
僕はいつも感謝を感じずにはいられない。

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恋愛。セックス。温もり。HIV。

相手の職場に家の鍵を届けた。

家を出る相手を見送った後
テーブルの上に残されている
赤い鍵に僕は気がついた。

相手はあいにく職場を離れていた。
電話で取り次ぎをしてもらい
僕と相手は電話越しに話す。

周囲に関係を悟られない為に
あえてお互い固い言葉で話す。

普段の相手と僕の会話とは違い
社会人ままごとのようで
お互い笑いがこみ上げてくる。


どうやら僕は恋をしているようだ。


電話を切り相手の職場を後にする。
帰宅の途、HIV故にこの恋は
諦めようと僕は考えていた。

目が覚め、夢に気付いた。
電話越しの相手の声が耳から離れず
自分の欲求の確かさを僕は実感した。

自分の欲求を実感したところで
季節外れの毛布に僕はただただ
体を丸くし、くるまるしかなかった。



HIV患者と言えども人だ。

僕にだって人肌恋しい時はある。
自分の好みの理想が目の前にいれば
この人と付き合った場合を想像する。
普段の生活を誰かと過ごせられたら
どんなに幸せだろうかと思う。
相手とのセックスも妄想する。

抱く感情は皆と同じだ。
ただ僕はHIVを患っている。
感染症。治らない。

目に見えない微小のウイルスは
想像よりもはるかに大きい。

恋愛とセックスの問題に
正面からぶつかってしまうと
砕けた場合が大きいだろう。

そう考えると自分のこの欲求を
パンドラの箱のように
開けてはならぬものとして
僕はそっと自分の奥にしまう。



自分の欲求を奥にしまう行為が
心の底から肯定できずにいる。

忘れた頃に夢として欲求を見る。
その都度これはなかったものとして
気持ちの整理ができるまで
丸くなり毛布にくるまる。

夢の中だけでもHIVから開放され
自由を手にできるとは
そう都合良くいかないようだ。

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将来の自分への自問自答

数日前、祖父の夢を見た。
正確には祖父の葬式の夢だ。

通夜で棺桶に横たわった祖父。
葬式で花を棺桶に入れるのだが
それぞれの手紙を花の茎部分に
付けて手向けるようにした。

手紙を花にどうつけるか
僕が考えるようになった。

そして葬式の当日
僕が考えた方法で
おのおのの花と手紙を
祖父に手向けた。



ばかげた話なのだが
僕は故人が夢に出て来た際
その故人が何を言いたいのか
都度解釈するようにしている。

ただ会いに来たり
お墓参りのお礼であったり
心配して見に来たり。
時には怒る場合もある。

先日は父の誕生日の夜に
祖父母が共に夢に出て来た。

僕は僕の解釈をした。
父に「おめでとう」と言いたいのだと。
素直に僕の解釈にそって
父に祖父母のおめでとうの一言を伝えた。



「何を怖がって迷ってるんだ。
自分の中で答えが出てるだろう?
夢が何か、自分の中で今まで
くすぶっていたのは何か
本当は自分が一番知っているだろう。
だったら自分を信じて進みなさい」

三日間、祖父の葬式の意味を考えた。
祖父がそう言ってるように
僕は感じて仕方ない。

ここに書いていない
夢の中の細かいディテールから
僕はそう感じるのだ。

トライアル制度を使って
試用期間を設け
三ヶ月まずは働いてから
結論を出すよう先日僕は決心した。

昨日から僕の判断はよかったのか
自問自答する時間が続く。

考えたところで答えは出ない。
目の前も見えない状態で
将来など見えるはずがないからだ。

まず考えるのは面接で何を言うかだ。
その壁を越えられたら
試用期間を懸命に果たす。
果たし終えた時にこれからの
将来を考えようと僕は思っている。
まず解決すべきは目先の壁からだ。

本心に沿って自分を信じる。
祖父から言われていると想うと
肩の力が僕は少し抜ける。

僕が進もうとする道は
間違いであっても
これもこれで良いのかもしれない。

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プロフィール

ぽけんた

1982年生まれ、九州在住、HIV患者。2013年8月15日に〈いきなりエイズ〉を発症。闘病の記録と正直な気持ちを綴っています。見て頂いた方のお役に立てれば良いです。

服薬
【抗ウイルス薬】
ゲンボイヤ
【その他】
レクサプロ・ベルソムラ・ロゼレム・オロパタジン・カロナール
〔2018年6月現在〕
検査数値 (CD4・RNA)

〈2018〉
450ぐらい・検出値以下 (2/7)
〈2016〉
450ぐらい・29(5/25)
〈2015〉
369・検出値以下(6/8)
〈2014〉
269?・32(4/7)
169・20(3/10)
121・20(2/10)
〈2013〉
110ぐらい・74(12/16)
97・? (11/25)
81・460 (10/7)
155・4000 (9/13)
30・430000 (9/5)
48・? (8/15)
ぼやき
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