これが僕のHIVとの生き方

2013年8月にエイズを発症したHIV患者の闘病記です。日々の生活と素直な気持ちを綴っています。

2014年10月

どかっと三ヶ月分の薬の量の多さ

どかっと置かれたビニール袋。

三ヶ月分の薬。
抗ウイルス薬やら
他の服薬の薬、塗り薬等。

まだ先月分の残りがある為
ビニール袋は処方されてから
そのままの状態だ。

デスクの下に置いている
ビニール袋の大きさに
毎度僕は自分でも驚く。



通院が基本的に
三ヶ月に一度になった。

三ヶ月分の薬を前回の診察で
受け取ったのだけれども
もらった薬の量に驚いた。

シートに入った錠剤。
50錠単位で封を切られていない
袋に入っている。
そのパックがゴロゴロとある。

いくら病人とはいえ
この量をもらう人は
そうそういないんじゃなかろうか。

三ヶ月に一度の通院の患者は
毎回この量を受け取るのだろう。



患者という立場に変わる。

まさか自分がこんな薬の量を
もらって生活するとは
想像してもいなかった。

事実を伝えている母にでさえも
僕は今回のこの薬の量を
未だに見せられないでいる。

患者本人の僕でさえも
驚き少々複雑な気分になる量なのだから
健康体の人はもっと驚くのだろうと。

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皮膚の荒れ再び

また皮膚が荒れ始めた。

首元から胸にかけて
赤く荒れて
かさぶた状になっている。

また再び
ステロイドを塗る生活に戻した。



先週ステロイドを三日間塗り
皮膚の状態が綺麗になった。

保湿の期間に切り替えたものの
痒みが出て赤くなるようになり
ついにはかさぶた状になってしまった。

先週のステロイドの散布期間に
しっかりと肌を元どおりに
しておかなかったからだろうか。

昨日から再び塗り始めたのだが
今日は肌の炎症が治まり
荒れた肌がむけはじめた。

今回はしっかりと直そう。

痒みが日常になって
ついつい掻いてしまう。
刺す痒みだから
掻かずにはいられないのだが。

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仕事と闘病の両立

調子が悪い日は
自分が病気を抱えているのだと
僕は強く実感する。

抗ウイルス薬を服薬してから
あきらかな違和感というか
不調の波というか
あるときは病気を意識せざるえない。

心が混沌としてくる。
気持ちまで揺らいで折れてしまうと
僕には何も残らなくなる。

仕事と闘病の両立。

仕事に集中する。
健常者と同等に働く。
昼間に隠れて服薬するのも
それも大事なことだ。

今すべきことを
精一杯やろう。



部署移動して今日で三日目。

夕方になるとどわっと疲れが出る。
慣れていない仕事は
自分が思っているよりも
ひどく疲れるものだ。

昨日は疲れからか体調がすぐれず
カップラーメンとおにぎりで
珍しく簡素な夕飯で済ませた。
ここに何かを書くのもやめた。

清々しい疲れのような。
慣れない戸惑いのような。
病気に対する混沌とした気持ちのような。

疲れの波と合わせて
気持ちの闇のようなものが
押し寄せてくる。



心のどこかで
"うしろめたさ”が
僕はどうも拭いきれない。

それを僕がどう思ったところで
何が変わるものでもないのだが。

生活していても
仕事をしていても
闇がまだ僕は拭いきれない。
なんだろうか。

自分自身の行動を肯定すべきだ。
職場のデスクの下で毎日
頭痛薬等をあえてテレビを見ながら
何事もないように開けて素早く飲む。

その行為にどことなく
うしろめたさを感じてしまうのだが
ひっそりと飲む行為を
僕自身がもっと認めるべきだ。

仕事と闘病の両立を考えるのあれば
仕事をしている自分を肯定するように
闘病している自分も僕は肯定すべきだ。

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"ソーシャルワーカー"と"相談員"の落差

『相談は医療費の支払いの場合です』

ソーシャルワーカーの位置付けを
通院先の病院に僕が問いた時
そいういう答えが返ってきた。

生活上の問題が出た時。
診療心理士への相談でも
担当医でも看護師へでも
ない問題があった時。

ではその問題を患者は
どう解決すべきなのか。

闘病の生活上の問題は
あくまで患者本人で解決すべき
問題なのだろうか。

じゃあ"ソーシャルワーカー”
という仕事はなんだ?

軽々しく患者の前で
ソーシャルワーカーと言うな。
相談員と名乗れ。



ソーシャルワーカーという
担当員の位置付けは
病院によって大きく違う。
僕はそれを知っている。

“制度の説明の為の人員”
という位置付けから始まり

”患者が闘病生活を送るうえで
社会福祉の立場から
問題解決をはかる人員”

との病院それぞれの考え方の
落差を経験したからだ。

今の病院はどうだろうと
担当医や担当看護師に聞いたところ
今度は”支払い相談の為の人員”
という位置付けのようだ。

支払い能力があって
生活上の問題を抱えている患者。
その患者は今の病院が呼ぶところの
"ソーシャルワーカー”が
対応する範囲ではない
ということなのだろうか?

若干戸惑いと憤りを感じたのだが
この治療環境で自分の気持ちを
発しても何もなさない。
ここはこういうところなのだ。



ソーシャルワーカーを知らない人は多い。
またソーシャルワーカーと
呼べない人に対応してもらっている
患者も多いのではないか。

僕は本来のソーシャルワーカーと
呼べる人に対応して頂いた経験がある。
だからこそ納得できない部分がある。

制度の説明だけの担当や
支払いの相談の為だけの担当であれば
“ソーシャルワーカー”なんて
もっともらしい担当名を名乗るのは
僕はどうしても納得できないのだ。

それは本来の
“ソーシャルワーカー”ではなく
ただの”相談員”だ。

心理カウンセリングを次回受けてみる

近々心理カウンセリングを
受ける予定を組んだ。

精神科の通院の経緯や
薬物使用経験、不安、不眠。
それを考えた医師から提示があった。

今後カウンセリングを受ける場合を考え
顔合わせも兼ねて
僕は承諾をした。

さて何を話せばよいのか。
何を話そうか。



“精神的なものの中心に
近い部分が損傷している場合
はたして他人を僕は
その領域に受け入れるだろうか"



カウンセリングをどう受けるか。
受けた方がよりよいのだと考えつつも
受けなくとも良いのではと考える。

過去にカウンセリングを受けた。
その時は精神的なものの
表面が損傷していたからだ。

何が悩みかもわからないほど
不安や悩みが大きかったのだと思う。

今はどうだろうか。
表面的なものは改善された。
だが中心の損傷は
損傷のままかもしれない。

ふとした時にポッカリとした
何かを感じてしまう。
それが何かは僕にも分からない。
ただただ何かの穴だ。

その穴を埋める為に
他人を受け入れるのだろうか。
他人を欲してない今に
カウンセリングは意味があるだろうか。

人に入られたくない領域。
見られたくない領域があるのだ。



1日、1日
面談日が近づく。

今回は"ただ受けるだけ"に
なりはしないのだろうか。

ただ受けるだけに
意味があるとするならば
その意味は僕にとっての何だろうか。

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プロフィール

ぽけんた

1982年生まれ、九州在住、HIV患者。2013年8月15日に〈いきなりエイズ〉を発症。闘病の記録と正直な気持ちを綴っています。見て頂いた方のお役に立てれば良いです。

服薬
【抗ウイルス薬】
ゲンボイヤ
【その他】
レクサプロ・ベルソムラ・ロゼレム・オロパタジン・カロナール
〔2018年6月現在〕
検査数値 (CD4・RNA)

〈2018〉
450ぐらい・検出値以下 (2/7)
〈2016〉
450ぐらい・29(5/25)
〈2015〉
369・検出値以下(6/8)
〈2014〉
269?・32(4/7)
169・20(3/10)
121・20(2/10)
〈2013〉
110ぐらい・74(12/16)
97・? (11/25)
81・460 (10/7)
155・4000 (9/13)
30・430000 (9/5)
48・? (8/15)
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