これが僕のHIVとの生き方

2013年8月にエイズを発症したHIV患者の闘病記です。日々の生活と素直な気持ちを綴っています。

2015年01月

迎える"死"、送り出す"死"

父が死んだ。

おじいちゃんになって
死ぬんだとばかり思っていたが
その時は来ず死んだ。



父が病がわかった。
その頃には病巣は進んでおり
手遅れの状態であった。

生の期限が決まっており
一日一日迫る死期を感じた。
その一方で
伸ばしたい希望もあった。

いつか死ぬんだ
いつか
いつか

その時々で考えながら
僕たち家族も進んできた。

“いつか”の足音が
徐々に聞こえ始め
今日になった。



静かに横たわった
痩せた父を見ていると
生前の生き生きしていた父を
僕は思い出す。

元気だった頃の父とは
随分変わってしまった。

志半ばでこの世を去る父は
どんな気持ちだったろうか?

昨日危篤だった父は
僕たち家族に何か
言いたそうであった。

それをただ感じるしか
できない。



父が骨になるのが
信じられない。

遺体であるのすら
にわかに信じがたいし
病気に侵されたのさえ
いまだに疑問である。

あの時の元気な父が
いつもの父である。

僕たちは少しづつ
父の死を
実感していくのだろう。

今は父を懸命に送り出し
たくさん泣こうと思う。

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「頑張って」と言ってしまった

「頑張って」

十分頑張っている父に
そんな言葉を掛けてしまった。

もっと掛ける言葉はあったはずだ。

患者の苦痛を
わかってあげられたはずだし
肺が苦しい感じも知っているのに。

インフルエンザで困った数日間

”噛み合わない”
“噛み合わせない"

インフルエンザで
寝込んでしまった。

HIV治療は
すべての場合に
安心して治療ができる
ものではない。

これは仕方がないの
かもしれない。

不安を抱えながら治療する
場合も確実にあるのだ。

僕は実感させられた。
この経験が次には
活かせるはずだろう。



土曜の夜に発熱があった。

日曜になっても落ち着かず
どこかの医療にかかる判断をした。

問題は
“どこ"の病院に
”どう”かかるかだ。

その判断を煽る為
かかりつけの病院に
まずは電話した。



日曜の交換につながると
担当看護師がもしもいれば
つないでもらいたい旨を僕は伝えた。


『はぁ?今日は外来休みだけど』


なんだこいつは・・・
休みだと知っているから
“もしも”とつけたのに

苛立ちをぐっと飲み込み
薬の飲み合わせを知りたいと伝えた。
薬剤師に相談してはどうかと促され
つないでもらった。



「インフルエンザの可能性があって
内科で処方してもらっている薬との
飲み合わせを確認したいのですが」

自分のIDを伝えて
薬剤師と話し始めた。

『今処方されている
インフルエンザの
薬は何ですか?』

話を進めたところで
ひょんな返答があった。

電話の向こうでは
僕のカルテを閲覧しているはずだが
なぜ電話で確認しているのかだけでなく
診察前だとすら伝わっていなかった。

HIV治療を取り扱っていない
医療現場での診察では
極力HIVを伝えたくない為に
事前にこうやって電話をしたのだけれども。

全く噛み合わない話を
進めるしかなく進めた結果
処方前だと答えられないと返答があった。
諦めて僕は電話を切った。

事前に飲み合わせが問題ない
インフルエンザ薬の情報があれば
医師の処方時に指定ができるのではないか。
そうするとHIV診療をしていない医療機関で
HIVの情報も出さずに済むのではないか。

その僕の考えが
見事に打破されたのであった。



休日診療を行っている
医療機関にかかった。

問診票には
“現在服薬中の薬”
”大きな病気はあるか”
”現在医者にかかっているか"

ありふれた質問事項があった。
HIVを記載するかどうか迷ったが
薬の飲み合わせがある為
服薬中の薬だけ記載をし
あとは空欄で提出した。

看護婦に呼び止められて
“大きな病気”はあるか聞かれたが
医師に伝える旨を答えた。

座る場所がなく立って待つ程
あふれんばかりの患者達の中で
“HIV"なんて言えるどころか
書けもしないだろうが。

診察が始まると
HIVの内容は医師は触れず
インフルエンザ検査をしても反応が出ず
“風邪”の判断で帰路についた。



抗生物質を服薬しても
改善することはなく
地元の病院にかかった。

今度は何にも申告せず
一般人として診察をした。

ここでも地元ゆえにHIVは
言えも書けもしない。

インフルエンザの反応が出て
薬を処方された。

家に着いて
かかりつけの病院の薬剤師に
飲み合わせを確認した。
問題ないという返答があった。

今度は薬をもらうだけもらって
確認したのである。
もし問題があれば破棄せざる得ないが
仕方がない。

四日間上がり続けた熱が
ようやく下がった。

まだむかつきと疲れ、下痢があるが
食事もとれてきて回復しつつある。
明日にはすっかり元に戻るだろう。
明後日には仕事に行けるはずだ。



体調は毎日続くが
HIV治療を行っている医療現場は
休祝日休みになる。

そうなると場合によっては
休祝日にHIV専門以外の場所で
診察を受けなければならない。

“言うか”
”言わないか"

プライバシーが十分に配慮されない。
病気に対し理解を得られない。
そんな心配を抱えながら
判断しなければならない時がある。

HIV治療では
“安心"はいつも保証されない。

対処の引き出しを
僕は増やさねば。

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インフルエンザとHIV、壁

発熱
寒気
関節痛
鼻水
頭痛

胸の痛み
めまい



症状のフルセット。
インフルエンザに
かかったかもしれない。

今日は咳き込む。
咳き込み過ぎて
肺が痛く、血の味がする。

夕方熱っぽかったが
帰宅時に寒気と
頭痛が止まらなかった。

頭痛薬が解熱につながったのか
一時熱が下がったのだが
夜また熱が上がり始めた。

月曜に祝日は仕事。
仕事はどうしようか
病院に行きたいのだけれども。



診察と飲み合わせ
HIVとインフルエンザ。

救急外来で診察を受けたいが
あいにくHIVの治療を
行っていない病院である。

飲み合わせの問題が立ちはだかる。

明日は日曜日。
月曜は祝日。

問い合わせも診察も
いまかかっている病院は
やっていない。

診察は火曜日以降になるが
月曜は仕事。

月曜休みをとっても
一日薬もなく診察もできず
ただ休んだだけになる。

火曜に休みをとって
病院に行ったとしても
その頃には平熱に戻っているだろうから
インフルエンザか否かわからずじまい。

調子が悪い中
頭痛薬で解熱しながら
日、月と過ごさねばならない。

困った。どうしようか。

明日が金曜日であったり
月曜が祝日でなければ
まだよかったのだが。



相談もできず
わからない

体調不良とともに
路頭に迷ってしまった。

とりあえず今日は
調子が悪すぎるから
もう寝よう。

明日考えるか。
そうしないと
今日はしんどすぎる。

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定刻に沿って、当然ながら着く

“ポン" “ポン" “ポン”

ジェット機の
シートベルト着用時の
電子音がある。

機内の窓から雲を見て
くつろいでいると
独特のあの音が鳴る。

『当機はまもなく
◯◯空港に着陸します』

ガイダンスが流れると
飛行機はゆっくりと
高度を下げる。

雲の切れ間から海が見え
山が見え、街が見えて来る。

やがて頭を持ち上げ
すうっと着陸する。

夢の世界から
現実に戻された気分に
いつも僕は犯される。



父が再入院した。

その”入院”が何を示すのか
僕たち家族は察している。

年末から不思議な経験を
度々、僕はしている。

父の葬儀の夢を鮮明に見たり
誰かの気配や影を感じたり
故人の夢を見たり。

“時期”がいつなのか
感覚として僕は感じている。



AIDSを発症して入院した。
ベットから起きられなくなり
衰弱している姿を心配したのだろう
父が何度か一人で見舞いに来た。

今となってはその時に
何を話したのか覚えていない 。

ただ、照れ臭さや、戸惑い
男同士何を話して良いかわからない。
それでも心配の方が強く
見舞いに来たのだろうと思う。

二、三日寝たきりだった僕は
体を起こす行為から始めた。
手すりにつかまりながら
休憩を挟み同階のトイレまで行った。
次第にエレベーターを降りて
一階の売店まで行けるようになった。

点滴、酸素チューブが外れ
告知、抗ウイルス薬の服薬を
経て退院する。

ベットから起き上がれない程の
衰弱が嘘のように
いつもの洋服を身にまとい
僕は帰路についた。

父と僕は反対の立場になった。
僕が患者で、父が家族に対し
父が患者で、僕が家族になった。

こんな気持ちで僕の見舞いに
父は行っていたのだろうと
考えながら仕事終わりに
見舞いに行った。

だったらあの時の僕のように
ぐっと体調を持ち上げて
回復しないものだろうか。

逆の立場になったのだから
自分の場合を僕は
父に当てはめてしまう。



決まった道順を
あるべきように進む。

機内の音が鳴れば
皆シートベルトを着用し
飛行機は高度を下げて
目的地に着陸する。

路線を変えて
夢のような旅が続くのは
ありえない。

雲の上でどう考えても
現実の目的地に着く。

どうあがいても
“着く”ものは”着く"のだ。

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プロフィール

ぽけんた

1982年生まれ、九州在住、HIV患者。2013年8月15日に〈いきなりエイズ〉を発症。闘病の記録と正直な気持ちを綴っています。見て頂いた方のお役に立てれば良いです。

服薬
【抗ウイルス薬】
ゲンボイヤ
【その他】
レクサプロ・ベルソムラ・ロゼレム・オロパタジン・カロナール
〔2018年6月現在〕
検査数値 (CD4・RNA)

〈2018〉
450ぐらい・検出値以下 (2/7)
〈2016〉
450ぐらい・29(5/25)
〈2015〉
369・検出値以下(6/8)
〈2014〉
269?・32(4/7)
169・20(3/10)
121・20(2/10)
〈2013〉
110ぐらい・74(12/16)
97・? (11/25)
81・460 (10/7)
155・4000 (9/13)
30・430000 (9/5)
48・? (8/15)
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