これが僕のHIVとの生き方

2013年8月にエイズを発症したHIV患者の闘病記です。日々の生活と素直な気持ちを綴っています。

2015年08月

父の法要と、家族との関係

”それはそれ”

HIV故に割り切れない感情がある。

その感情は
それはそれ、これはこれとして
割り切るべきではないか?

頑なに閉ざした自分の中で
相反する自分がいる。



父の法要が終わった。

初日はどうも
家族の輪に入りづらく
場を外して過ごした。

二日目はさすがに
場を外せずに
輪の中に入った。

三日目になると
共に行動をせざる得ず
家族の一員として
行動をした。

『以前はこんな感じだった』

他愛のない会話の中で
以前の家族との関係を
僕は思い出した。



”HIVだからか?”
”障害者手帳を持っているからか?”
”独身だからか?”

相続を通して
上記のどれかに起因した
母が僕を評価しない
という判断を目のあたりにした。

唯一の味方であると
僕は信じていたが
裏切られたと感じた。

その結果
家族と会話するどころか
顔も合わさない日々があり
納骨や散骨に呼ばれなかった。

埋められない家族の溝ができた。



食事を摂った。

家族の前で共に
僕は食事をした。

当たり前の
ありふれた行為だけれども
僕達は非日常の行為だ。

家族の前で
食事をするのは
実に8ヶ月ぶりだ。

母と他愛のない話をするのも
同じくそれぐらいの期間だろう。



割り切れない感情が
僕の中に相変わらずある。

母が僕に相続を許さなかった点。
兄が相続放棄を認めない点。
隠れて懸命に闘病をするが
自分勝手としか評価されない点。

ただそれがきっかけで
家族の溝ができた現状を
父は望んではいない。

父が望んだ
家族のこれからを考えると

僕の感情は
これはこれ、それはそれとして
自分の中で処理すべきではないか?

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HIV三年生

二年前のこの頃
僕はAIDSを発症した。

職場の同僚と
外食をしたり
他愛ない冗談を言い合ったり。

時には仕事について
熱い考えを述べる時もある。

随分と人らしく
僕はなったものだ。



“受け入れる反面
受け入れられない"

受け入れられない状況が
自分でもわからなかった。

受け入れているはずなのだが
気持ちが絡まり
殻に閉じこもった。

適応障害。

精神科を受診して
自分が適応できていないと
僕は初めて知った。

今考えると僕なりの
受け入れられない状況であったと
冷静に考えられる。



発症し入院してから
これまでを考える時がある。

今夜は特に
入院していた時を
鮮明に考えてしまう。

明日も明後日も
僕はしばらく
考え続けるのだろう。

ここに記事を書く意欲が
数日間なかったのだけれども

仕事の中に
自分を紛らわせても
HIVはHIV
AIDSはAIDSだ。

そう想うと
僕は僕を
ここに書いてしまう。



三年目は三年目の壁がある。

月日が過ぎるのは
早いものだ。

将来、この時を振り返る頃は
今までと同様に“変わった”と
思える自分でありたい。

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父とHIV

「来月の通院では
何をどうしようか?」

汗を滴り落としながら
仕事がてら
自分の闘病を考えていた。

いつも通院を終えて帰路につきながら
“患者”としての顔から
”人”としての顔に徐々に移る。

あの時もそうだ。

父の検査結果が気になり
そのまま父が診察を受けている
病院へ僕は向かった。

病院の待合室で
僕は両親を待った。

父が検査を受けている間に
母と二人で話した。

そんな日もあった。
あの時も汗ばむ季節だった。

ついこの前だと
思っていたのだが。



父を考える時がある。

考えがまとまらず
想いだけが絡まる。
毎回そうだ。

いくつかのフィルターに沿って
僕は考えているようだ。

“人”として
”子”として
”患者”として
”HIV感染者"として



HIV感染者の目線から考える時に
“告知”という問題にぶつかる。

先日ここに記載した
二次感染という軸ではなく
“倫理”とか”情”とか
また別の軸だ。

『親には言うべき』
と考えた時がある。
母がそう考えていたからだ。
父に言うか否かを考え続けた。

父に言わなければならない
どうしてもな理由がない為
僕は告知はせず今に至る。

それ故に
言うべきだったのだろうか
もし言った場合
どうなったのだろうか

HIV感染者の立場から
父を見つめた場合に
いつも上記を考える。



しかしながら
どれだけ考えても
もう父はいない。

HIVの事実を
自分の中で父に
ぶつけたところで
答えはでない。
ずっと。



僕がまだ
様々な立場から
父を見ている反面

”自分”や”人”
という立場ではなく
父は常に”父”という

絶対的な存在で
あり続けようと
したのではないか?

小さい頃に家族を待っている間
父の背中におぶられ
皮のジャケットの独特の
香りを嗅ぎながら
大きい背中と温かさに
すやすやと眠ってしまった時がある。

病気が進行して小さく細くなっても
大きくあろうとし続けたのだろうか?

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HIV感染者の最低な行動

"移される"

僕は違和感を感じてしまう。

特別な事情がない限り
“移される”もまた
“移りにいく"なんじゃないか?



"HIV感染者の最低な行動"
という内容のブログを見た。

女性が男性の元へ行く
派遣の仕事の内容であった。

本番行為はやらないのだが
客の求めに対し応じた。

一度断ったのだけれども
それでも求められた為に
行為に応じた。

ゴムをつけた行為のはずが
生で中だしをされた。

エイズを移す目的だったんだ。

といった内容であった。



レイプなどの特別な事情がない限り
セックスは50-50なのだと思う。

そこにHIVがあろうが
妊娠があろうが
性感染症があろうが

いやいやながらでも
求められた行為に応じたら
対等な関係ではないか。

移す側も悪ければ
移された側も悪い。

不特定多数としなければ良いし
性交渉の場所にいかなければ良い。
ましては行為を断わるべきだ。



移されたとか
人生を狂わされたとか
最低な男とか。

であれば
股を閉じる

ただそれだけ
だったのではないか?

“移された”との記事や
メッセージを頂いたりだとか
僕は違和感を
感じざる得ないのだけれども。

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抜けない眠気

朝の抜けない眠気。

通勤距離が長い為
連日続くと
どうもしんどい。



今週は朝に眠気が抜けない。

即効性があるが
持続性がない入眠剤の為
眠気が残りにくいはずだが
強い眠気に襲われる。

体にむちを打って
いつもどおりの
時間に間に合わせる。

運転中も
どんなに注意をしても
集中に欠けてしまう。

今日は事故を
起こしそうになった。

途中で停車して
休憩をとって
また車を走らせた。



疲労が溜まっている。

連日の暑さに加えて
過密スケジュール。
おまけに睡眠の入りが悪い。

普段は5時間の睡眠に
なってしまう日が多々ある。

昨日は眠れずに
4時間の睡眠しかとれなかった。

その結果
強い睡魔に襲われ
注意散漫になり
あやうく自損事故に
なりかけた。



今週は体調不良があったり
腹痛下痢もあったり
異常な発汗があったりと
調子がどうも悪い。

この生活を維持する為には
しっかりと平日の
休息を意識せねば。

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プロフィール

ぽけんた

1982年生まれ、九州在住、HIV患者。2013年8月15日に〈いきなりエイズ〉を発症。闘病の記録と正直な気持ちを綴っています。見て頂いた方のお役に立てれば良いです。

服薬
【抗ウイルス薬】
ゲンボイヤ
【その他】
レクサプロ・ベルソムラ・ロゼレム・オロパタジン・カロナール
〔2018年6月現在〕
検査数値 (CD4・RNA)

〈2018〉
450ぐらい・検出値以下 (2/7)
〈2016〉
450ぐらい・29(5/25)
〈2015〉
369・検出値以下(6/8)
〈2014〉
269?・32(4/7)
169・20(3/10)
121・20(2/10)
〈2013〉
110ぐらい・74(12/16)
97・? (11/25)
81・460 (10/7)
155・4000 (9/13)
30・430000 (9/5)
48・? (8/15)
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