これが僕のHIVとの生き方

2013年8月にエイズを発症したHIV患者の闘病記です。日々の生活と素直な気持ちを綴っています。

2016年03月

無題

お父さん

お久しぶりです。

こちらは元気でやっています。

お母さんはいつもと変わらず
過ごしています。
姉ちゃんの店は順調に進んでいますよ。
兄ちゃんは一段と親方らしくなりました。

子供達も元気でやっています。
身長が伸びたり
いつの間にか言葉を覚えたり
来年は一年生になります。
早いものですね。

僕は仕事が順調にはかどっています。
あなたが仕事着に使っていたベルトを
毎日締めながら頑張っています。

くじけそうになったら
ベルトをさわっています。
へんな癖ですね。



あなたと別れてから一年が経ちますね。
ついこの前まで一緒にいたような感覚が
僕は未だに抜けないです。

ふらっとパチンコから帰ってきて
いつもの場所で
いつも通りに映画を見ながら
晩酌をしているんじゃないかと
ついつい考えてしまいます。



最近、あなたを考える時に
”もっと話しておけば良かった”
なんて考えるのです。

お互い照れくさいのもあり
あまり話をしませんでしたね。

親子としての会話も
男同志の会話も
もっとできたのかなと思うのです。
今更ながら。


家にいるとどことなく
僕はあなたを感じます。
いつも家族を見守ってくれて
ありがとうございます。

僕もいつかはそちらに行きます。
その時はくだらない冗談や真剣な話
今までしてこなかった分
いっぱい話しましょう。

また気が向いたら
お手紙を書きますね。

それでは。

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通院とまだ迷う現状

今日は通院日。

HIVの診察を受けて
肝炎の診察を受けた。

感染症科は担当医が変わった。
現状はウイルス量も未検出であり
症状も安定しているので
これは問題ない。

今日の大きな相談は
消化器内科の方だ。

“5月から治療開始をしたい”
“会社へは伝えている”
”その上で治療スケジュールを
求められている”

その旨を担当医へ伝えた。

担当医からは
まだまだソバルディの
臨床データが少なく
一旦待つ方法も打診された。

新薬の情報と
実際の臨床データが
異なると。
そこにHIV抗ウイルス薬との
兼ね合いを重ねると
慎重にならざる得ないようだ。

僕も”新薬”を迷っている。
急いで新薬を試す必要が
果たしてあるのかと。

担当医も同じ点が
引っかかっているのだろうと思う。

“やる”か?”やらない”か?

判断は下さなければならない。
短い間のしばしの沈黙の後
”やる”と僕は答えた。

担当医から
場合によっては
治療開始を延期するとの
申し出を受けた。

現状は△よりの○といった
状態であろう。



明日、会社に
入院からの治療スケジュールを
提出する予定だ。

夢のような新薬を
僕は思い描きすぎたかもしれない。

ただインターフェロンと比べれば
夢のような新薬には
変わりはないのだろうが。

"やる"選択で
よかったのだろうか?

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入院について職場で話し合う

『今は我慢しなさい』

そう言われ
一晩また考えた。

一流と二流を考えた時に
まさしく”我慢”だ。



先日、会社の専務と
総務課の課長と僕で
今後の入院の日程を話した。

“五月の上旬にするか
下旬から始めるか?”

“その間、現場はどうするのか?”

”通院日はどうするか?”

”仕事も治療も
どちらも精一杯やりたい”

そう伝えたところ
会社の日程に
僕が合わせるのではなく

僕の日程に
会社が合わせる旨を伝えられ
治療開始から終わりまでの
日程を明確にするように
命ぜられた。

話し合いの中で”我慢”
という言葉をかけられた。

体が大事ではある。
たった三ヶ月の治療ではあるし
二週間に一度
会社を不在にするだけだ。

仕事に対する熱意はわかるが
体の為に今は”我慢”しなさいと。

親に子供が諭されるようであった。



帰ってから考えた。

自分は健常者とは違い
体調管理に気を配っている。

それがあったから
ここまで仕事の土壌を
固められそれなりの信頼を得た。

だからこそ
治療と仕事をどちらも
優先で精一杯やれると
信じていた。

”どうだろうか?”
という疑問がわきでてきた。

“我慢”という言葉が引っ掛かり
疑問がわきでたのだろう。

以前に
”一流はコンディションにこだわる”
という内容を記した。

一流は体のコンディションにこだわり
仕事中に最高の力を
発揮できるようにする。
という内容だ。

80パーセントの力でも
他人と戦えるように
自分の能力を治療開始までには高めたいと
僕はこれまで我武者羅にやってきた。

しかしながら
自分にとっての80パーセントの力は
80パーセントの仕事の質であって
それは一流とは異なり”二流”だ。

まさしく”我慢”すべき時ではないか。

一歩上の仕事をする為の
準備期間と僕は割り切るつもりだ。



飛行機が車体を傾けて
滑走路に車輪を付けようとしている。

また到着地から
三ヶ月の肝炎治療という
旅に飛び立とうとしている。

HIVの抗ウイルス薬の
飲み始めの体が受け付けない感じ。
バリキサの発熱。
ジスロマックの腹痛。

高価な薬だけに
”複雑”というのは
身をもってわかっている。

知っているし乗り切ったから
今度も大丈夫、大丈夫と
何度も自分に言い聞かせる。

ここにしか
僕は本音を吐けない。

「それでも怖い」

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いよいよ入院の日程を決める

いよいよ入院の日程を決める。



一人で残業をしていたところ
総務課の課長が
僕の元へ訪れた。

先日有給の日数の
確認をお願いした後
それから数日経った会話が
今日であった。

詳しく心境や考えを
伺いたいのであろう。

皆が帰宅した後
僕は本音を話した。

健常者という嘘を外して
“病人”としての顔で。



”仕事”をしている時間は
僕の中で大きい。

体を優先すべきなのは
十分に理解している。

それでも“仕事での自分”を
おざなりにしてしまうのは
僕には腑に落ちない。

「仕事も治療も
どちらも獲りたい」
と僕は伝えた。

後日
専務と総務課の課長
直属の上司を踏まえ
具体的な話をする予定だ。

それにより
部署の戦力から外されても
それはそれで覚悟はしている。

しかしながら本心で
僕は納得できるのだろうか?



最近、気持ちが難しい。

肝炎治療の開始の日程が
迫るにつれて
不安が大きくなる。

何が不安なのか
明確にできないまま
ただ漠然と不安なのだ。

具体的な話を進めないと。

今回、面談の機会を
設けてもらったのは
きっと正しい判断だろう。

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プロフィール

ぽけんた

1982年生まれ、九州在住、HIV患者。2013年8月15日に〈いきなりエイズ〉を発症。闘病の記録と正直な気持ちを綴っています。見て頂いた方のお役に立てれば良いです。

服薬
【抗ウイルス薬】
ゲンボイヤ
【その他】
レクサプロ・ベルソムラ・ロゼレム・オロパタジン・カロナール
〔2018年6月現在〕
検査数値 (CD4・RNA)

〈2018〉
450ぐらい・検出値以下 (2/7)
〈2016〉
450ぐらい・29(5/25)
〈2015〉
369・検出値以下(6/8)
〈2014〉
269?・32(4/7)
169・20(3/10)
121・20(2/10)
〈2013〉
110ぐらい・74(12/16)
97・? (11/25)
81・460 (10/7)
155・4000 (9/13)
30・430000 (9/5)
48・? (8/15)
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