これが僕のHIVとの生き方

2013年8月にエイズを発症したHIV患者の闘病記です。日々の生活と素直な気持ちを綴っています。

2016年11月

検査が必要だと感じるならすべき

『HIV検査しよう』

“検査しよう”
“検査しよう”
“検査しよう”…

HIV検査を訴える啓発を見ると
どことなく違和感を感じてしまう。

その訴えのどこが悪いとか
ではないのだけれども

何かが物足りない
といった感覚に近い。

世界エイズデーになると
”検査”というものを
僕は考える。

何が検査を
拒ませてしまうのか。



HIV患者になると
暴言を受ける。

『死ね』はもちろんであるし
『その命に価値はあるの?』と
命の重さを他人に計られる。

はたまた”二次感染”を
テーマに掲げると
『もしも怪我をしてて
そこを家族が踏みつけて
相手がたまたま傷があったら
感染してしまう。
可能性はゼロではないでしょう?』

”車を運転すると
いくら安全運転をしていても
他人の車が突っ込み
事故して死ぬ可能性が
ゼロではないから
運転しません”
ぐらいの極論を論じられる時もある。

ネットであれば
自由な発言ができる。

いき過ぎた発言や
極論を正論だと勘違いするのは
健常者がHIVに関して
正しい知識がないからだ。



HIV患者になると
がらりと世界は変わる。

物事の感じ方も
考え方も変わる。

しかしながら
自分の芯は変わらない。

HIV感染してようが
していまいが
自分は自分だからだ。



”HIV検査を後押ししないもの”

健常者が正しい知識を持たず
暴言を正論だと勘違いするように

感染しているかしていないか
検査を拒む者もまた
正しい判断が
できていないのではないか?

健常者とHIV患者は違うように
HIVとAIDSもまた違う。

即座の判断を余儀なくされるし
家族への告知も迫られる。
金銭的な無駄な負担もあるし
HIVだと回避できる問題も
AIDSだとやむなく回避できない。

いくら医学が進んだとはいえ
AIDSで命を落とす可能性は
ゼロではない事実は
認識しておかなければならない。

恐怖心から検査を拒んでも
背に腹は変えられない。
第一に優先すべきは
自分の命である。

その為に
”検査”をすべきだ。


怖い気持ちはわかるんだ。
僕も以前はそうだったから。

だけれども僕のように
無駄にAIDS発症をすべきでは
ないんじゃないかな。
命を削る必要は。

副作用もあるけども
HIVが体内にあるのが
当たり前になると
自分がHIV患者である実感は
不思議と実感しなくなるんだ。

HIV感染は人生の
ただの通過点だと
感じているから。

副作用はあるけれども
それなりに毎日やれているよ。

もしも感染していたとしても
僕がなんとかやれているのだから
きっと、あなたもやれるはず。

”検査”が必要だと
感じるのならば
検査をしよう。

「がんばって」

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健康診断が面倒くせえ

「あー、面倒くせえ」

「なんで下流の病院に
管理されるんだ?」

「そもそも個人の体調は
会社や産業医ではなく
本人管理じゃないか!」



今月上旬に
会社の健康診断があった。
そして、結果が今日返ってきた。

封を開くと
いつも通り。

コレステロール値が高く
肝機能も今ひとつ。
尿酸値も基準値を超えており
これは経過観察。

僕にとって
わかりきった結果。

血液検査なんて
三ヶ月に一度受けているし
先日の肝炎治療の為の入院で
エコーやCT
胃カメラ、大腸検査も受けた。

結果表の裏面に
別紙と合わせて
返信封筒が同封されていた。

その別紙を読むと
精密検査をうちか他で受け
担当医による書類記載の上
当院に送付下さいとの内容。

送付してもいいけども
精密検査費用や診断書発行費用は
個人負担だなんて馬鹿馬鹿しくて
やってられない。

会社から何か言われたら
検査結果わかりきっているので
封筒開けていませんでしたと
しらを切ろうと考えている。

その期間のラグの間に
会社から精密検査結果と
診断書納付の依頼があった場合に
どの担当医からどう診断書を
記載するか次回診察時に
相談し手を打っておこう。



HIVだとこういう場面で面倒だ。

肝炎治療の為の消化器内科受診は
次回の診察で終わる。

今後、感染症科での診察が
もちろん継続になるのだが
担当医は”内科”として
診断書を出すのか
“呼吸器内科”として
診断書を発行するのか
どうなのだろうか。

どの科で診断書を出すかにより
さらに重ねる嘘が変わる。

何か適当な嘘をついておく。

HIVだと
うまくやり過ごす為に
嘘を重ねなければならない。

嘘をつく後ろめたさに
かられる時がある。

本当の内容を当たり前に申告し
相手がそれを受け止めてくれたら
どれだけ楽に生きられるだろうか。

今の社会情勢上
それはないか…

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新薬と偏見

海外ドラマのERで
HIVを扱ったエピソードがある。

女医のHIV感染が発覚し
仕事と差別、闘病を
掘り下げた話なのだけれども

処方された薬の
ボトルが大きいこと。
合わせて一日三回
これは朝飲んで、これは晩と
今の僕達患者から見ると
強烈な時代錯誤を覚える。



新薬プレジコビックスの
製造販売承認取得がなされた。

ダルナビルこと
プリジスタナイーブと
ブースターとしての
コビスタットの合剤であり

これにより別途ノービアの服薬を
しなくとも済む。

しばらくは既存のツルバダとの
併用になるのだろうが
そのうちツルバダの成分の
テノホビルがTDFからTAFに変わり
ツルバダの改良版が出てくるのだろう。

HIV関連で
新薬のニュースを読んでいると
手元にあるゲンボイヤが頭に浮かぶ。



「一口で飲むなら
一錠も三錠も
たいして変わらないから」

抗ウイルス薬の変更の打診を受け
僕は以前、こう返答をした。

変更を急ぐ必要は
なかったし
順調な体調を
不安定な副作用に陥れるのが
怖かったからだ。

変更に対して不安だったものの
しかしながら、今は夢のようだと
服薬開始を心待ちにしている。



一日一錠。

晩の服薬は
抗ウイルス薬や他の薬を含めて
つい数ヶ月前は
10錠飲んでいた。

それが減薬の経緯もあり
後々は一日一錠で済む。

夢のよう。

しかもそれが
手元にあるなんて。

前向きに考える反面
ドラマERの時代錯誤を思い出す。
昔はあの服薬が
実際に行われていたなんて。

薬は日々進化している。
おかげで服薬負担は軽くなった。

では偏見はどうだろうか?

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起床がうまくいかない

最近、起床がうまくいかない。

徐々に不眠症が
改善傾向にあったものの
また不安定になっている。



先日、また遅刻しそうになった。

起床時間の一時間半も
寝坊してしまい
会社に着いたのは
始業時間の10分前。

起床して弁当を詰める時間と
始業時間の相当前に
会社に着いている生活のおかげで
今回は遅刻しなかったものの。

週末になると
疲れも加わり
寝坊傾向にある。



原因は入眠の不調だ。
そして入眠の不調の原因は
気持ちが安定しないから。

日が落ちると
気持ちも落ちる。

睡眠時には
どくっどくっと
鼓動が打つ時がある。

自分がベットの下から
地中深くに静かに
落ちていくのを想像すると
眠れたりするのだけれども
眠れない日もある。

週末の疲れが重なると
起床がうまくいかない。



このまま歳だけを
とっていくのではないかと
不安に考える。

HIV患者としても
同性愛者としても
田舎の閉塞感に
潰されそうになる。

この問題と不安は
すぐに改善できない

ひとまず明日
目覚まし時計を
買いに行こうかな。

できることをやってみて
それでも入眠起床が難しいなら
心理カウンセリングや
睡眠時の向精神薬も考えよう。

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母への告知は正しかったのだろうか?

告知しなければ
今頃どうしていたのだろうか?

HIVを告知すべき
だったのだろうか?

しなければ
よかったのではないか?

度々、僕はそう考える。

このブログを開設して以来

“僕がどうHIVとの闘病を始めたか”
“母にどう告知したのか”

この二つは
よく読まれている。
きっと読者は関心を引く
内容なのだろう。



闘病を始めた当初
母に言うか言うべきでないか
医師と考え抜いた結果
告知に至った。

自分の内側のどこかで
母は味方でいてくれると
幼児のように甘え
信じきっていたからだ。

闘病の壁を乗り切ったのは
母の支えもあったから
かもしれない。



父の死後”遺産”の問題があった。

それが分岐となり
母と僕は
同居しているのも関わらず
月に二度三度しか
顔を合わせない関係となった。

母に一切の相続を
認められなかったのは
HIV患者である事実もまた
一因だったと考えている。

苦労を乗り越えてきた
今の自分の現実を
否定されている気がして
ならなかった。

これまでの全ての苦労を
知っているのは
母だけだったのに。

母いわく
遺産は後世に残したく
子供がいなければ
相続の権利がないんだと。

そんな回りくどい表現しなくとも
『HIVだから』の方がよほど
僕は納得できたのではないか。



“母への告知”を考える。

患者と家族。
僕と母。

抗ウイルス薬を定時に服薬し
その日の副作用とも
付き合っていく。毎日。毎日。

HIVが馴染んで
自分が患者である事実さえも
実感しない時が多い。
当たり前の現実だからだ。

母は違う。
非現実なものは
数年経っても非現実なままだ。

同じスタートラインから
進み始めたものの
少しづつ差が生まれ
分岐点が決定打になり
今や真逆で対称となってしまった。

それが
”顔を合わせたくもない”
との結果だろう。

僕が母を信用できなくなり
今や受け入れがたい。

告知が正しかったのだろうか?

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プロフィール

ぽけんた

1982年生まれ、九州在住、HIV患者。2013年8月15日に〈いきなりエイズ〉を発症。闘病の記録と正直な気持ちを綴っています。見て頂いた方のお役に立てれば良いです。

服薬
【抗ウイルス薬】
ゲンボイヤ
【その他】
レクサプロ・ベルソムラ・ロゼレム・オロパタジン・カロナール
〔2018年6月現在〕
検査数値 (CD4・RNA)

〈2018〉
450ぐらい・検出値以下 (2/7)
〈2016〉
450ぐらい・29(5/25)
〈2015〉
369・検出値以下(6/8)
〈2014〉
269?・32(4/7)
169・20(3/10)
121・20(2/10)
〈2013〉
110ぐらい・74(12/16)
97・? (11/25)
81・460 (10/7)
155・4000 (9/13)
30・430000 (9/5)
48・? (8/15)
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