これが僕のHIVとの生き方

2013年8月にエイズを発症したHIV患者の闘病記です。日々の生活と素直な気持ちを綴っています。

2016年12月

年の瀬、HIVと僕

もう2016年が終わる。

『挑』という
一年の抱負を掲げた時間は
間も無く終わる。

あと数時間。



去年の今頃は
どうだっただろうか?

一昨年の11月頃から
肝炎治療の計画を
具体的に考え始めた。

不在の間の仕事をどうするか?
入院期間はどう過ごすか?
服薬期間は大丈夫だろうか?

一人で考えても
進めない内容が多く
去年の今頃は不安と焦りがあった。

『挑』といった抱負を
新年に向けて僕は立てた。

一方を進める為に
もう一方を諦めるのではなく
どちらも獲りにいく一年にしようと。

気持ちより先行して
物事をはこばせた時もあった。

新年明けてから
4月まで計画を具体的に立て
5月に入院と服薬開始。
8月に服薬終了とともに
HIVウイルス薬の変更開始の
計画を立て
11月に変更の決定と処方。
そして12月に服薬を開始し
今に至る。

周囲の誰にも何も言わず
独りで闘病をしている中で
よくやったなと自分で思う。

来年の課題はもう決まっている。

来年は『安』という
抱負を考えている。
"安定"を課題にしようと。



これから
遠くに旅に出ようと
考えている。

さてどこに行こうか。

そろそろ準備をして
家を出るか。

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溜まった疲れで調子悪い

今日は調子が悪い。

溜まった疲れが
どっと押し寄せたせいだろう。



ゲンボイヤにまだ
体がついていかない。

強烈な副作用はないものの
掴めない副作用の感覚がある。
どう書けば伝わるだろうか。

睡眠がうまくいかない。

入眠できず1時に寝る。
4時に一旦目が覚め
5時に再度目がさめる。
そして起床時刻の6時。

夢の感覚が今までと違う。
その為、深く眠れず
途中覚醒を繰り返す。

朝は眠気が抜けない体を
無理に動かす。

夜は夜で無気力になり
晩飯を作るのが億劫になり
連日外食を繰り返す。



明日は休み。

我慢の糸というか
緊張の糸なのか。
やっと休息できると思ったら
疲れがどっと押し寄せて
体が火照って頭痛や吐き気といった
風邪のような状態で調子が悪い。

体温を測ったら平熱だった為
連日の抜けない疲れからだろう。

薬剤変更をして間もないから
体が馴染むまで辛抱せねば。

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ゲンボイヤ服薬が一週間経過

ゲンボイヤの服薬が一週間。

まだ薬の服薬後の感覚が
つかめていない。



”めまい”
服薬後は軽く
フラフラとした感覚になる。
就寝時に目を閉じると
天井がぐるぐると
目がまわる。

”悪い夢”
一昨日は滅多刺しにされて
血まみれになるといった
胸糞が悪い夢を見た。
夢の感覚が普段と違う?

”頭痛”
また頭痛が出はじめた。
トラムセットの服薬を始めようか
どうしようか。

”下痢”
これは改善された。
以前は基本的に下痢が多く
便が硬い時もあったり
水分量が安定しなかった。
体質だと思っていたが
どうやら副作用だったようだ。



抗ウイルス薬を服薬した当初は
異物感が強烈で
体が慣れるまで時間がかかった。

初めての時ほど慣れるまでに
時間がかからないような気がする。

それでもまだしんどい。
今日はもう寝よう。

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今日からゲンボイヤ服薬開始

今日からゲンボイヤの服薬開始。

異物感がある。
体がびっくりしている感じ。

飲んでしばらくは
ドキドキと動悸がある。
そしてふらつき。
体が重いな。

以前の薬を飲み始めてすぐも
この体が薬に異物だと
感じてる感覚はあった。

それにしても
喉が乾くな。
なんだか目が回る。

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後味の悪い夢と、複雑に入り組む気分

「きついんだろ?
代わりに俺がなんでもするから。
親父の手足になるよ」

手足になる

手足に…



後味の悪い夢を見た。 

父を含め、数人で
仕事をしていた。

洗う作業があり
父と数人が水をかけ始めた。

その水をかけた先に
僕の業務上のものがあり
それが水浸しになってしまう。

父はなぜ前もって言わなかったのか
と僕に責めるように問いただしたが
長年この仕事を
やっているのであれば
わかって当然なはずだろうと
僕は父に反論をした。

普段であれば
一旦冷める時間が必要な程
頑固な父は怒り出す。

この時に違和感があった。
怒り出すはずの父が
怒りつつも半分僕の意見を
受け入れた。

我に返り
父の表情を冷静に見つめると
きつい表情が見て取れた。

仕事中に見せた
今ならば気が付けるけれども
あの当時は気づけなかった
微細な表情だ。

体を動かすのがきついのであれば
僕が代わって父の手足になると
父に言い放った。

その後、父も僕も
言葉が出ず
沈黙になった。



父の死後
様々な考えの中で
僕は揺れ動く。

この揺れ動き続ける様が
僕なりの供養と言えば
そうなのかもしれない。


”患者として”

父の闘病は
一つのやり方である。
それが闘病と問われれば
僕には甚だ疑問だ。

余命を伝えず母の独断で
入退院、治療方法を決め
最期までの時間を過ごした。

患者本人の意思で闘うのが闘病であり
家族が闘わせるのは闘病ではない。
一方的に闘いを強いる状況は
僕から見ると
犬、猫と大差はない。
獣医と飼い主の間で
治療が全て決まるように。


“相続人として”

母に相続の権利を
一切認められなかった。

全て兄に譲る。
お前にはやらない。
遺産は後世にまで伝えたく
子供のいない者にはやらないと。

病室のベットの上から
今ここに至るまでの
苦労を唯一知っているのは
母しかいないにも関わらず。
胸糞が悪い。


”父の手として”

父が一時退院をしていた際に
二人になる機会があった。

『お母さんを助けてやれ』

と父に言われた。
自分はもう力がないと。

父は生前
死ぬ可能性と
生き続ける可能性とを
半々で過ごしていたのだろう。

荷物を持ち上げる状況であった。
父がもう持てない荷物を
僕が代わりに持ち上げた。

非力な自分の状況に
心が死ぬ可能性に傾き
僕に母の力助けを依頼したのだ。

今、力助けどころか
顔も合わせていない。

父の唯一の頼みを
僕は叶えていない。



気持ちの整理は
簡単にはできない。

父の手足になると
僕は父に伝えた。

手足になれるのであれば
自分の気持ちなど放棄して
家族関係を修復なんてできる。

相続放棄に至った
母からの言葉が
僕には未だに消化できていない。
相続を認めなかった説明も
対する謝罪もないままだからだ。

HIV患者の目線から見て
健常者が一方的に
患者に闘いを強いる様は
嫌悪を感じてしまう。

僕は病気に対して考え抜いた。
数ある選択肢を自ら選んできた。
その結果、道が開け今がある。
副作用や闘病を知らない健常者が
患者の何をわかるのだろうか?

三つの狭間で
僕自身が揺れ動き続ける。

優しさと恨みと
自尊心が入り混じる。



たとえ夢の中であっても
父に会えたという嬉しさが
いつも再会した時にある。

”手足になる”と
僕はそう感じていたから
昨日は素直に父に伝えた。

手足になるとは
母を助ける行為であり
しかしながら
現状は放棄であり程遠い。

嬉しさと嘘の罪悪間が入り混じった
なんとも言えない気分であった。

目を覚ましても
暖かい毛布に包まれたまま
ベットの上で丸まって
しばらく過ごした。

明日が新薬の服薬の開始日である。
父に一方的な闘病を
強いた側でありながら
自分の治療法は自分で選択し
今日の服薬開始を決めた。

卑怯だ。

重ねるように
なんとも複雑な気分である。

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プロフィール

ぽけんた

1982年生まれ、九州在住、HIV患者。2013年8月15日に〈いきなりエイズ〉を発症。闘病の記録と正直な気持ちを綴っています。見て頂いた方のお役に立てれば良いです。

服薬
【抗ウイルス薬】
ゲンボイヤ
【その他】
レクサプロ・ベルソムラ・ロゼレム・オロパタジン・カロナール
〔2018年6月現在〕
検査数値 (CD4・RNA)

〈2018〉
450ぐらい・検出値以下 (2/7)
〈2016〉
450ぐらい・29(5/25)
〈2015〉
369・検出値以下(6/8)
〈2014〉
269?・32(4/7)
169・20(3/10)
121・20(2/10)
〈2013〉
110ぐらい・74(12/16)
97・? (11/25)
81・460 (10/7)
155・4000 (9/13)
30・430000 (9/5)
48・? (8/15)
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