これが僕のHIVとの生き方

2013年8月にエイズを発症したHIV患者の闘病記です。日々の生活と素直な気持ちを綴っています。

2017年05月

叔母の葬儀が終わった

叔母の葬儀が終わった。

これから初七日
49日、一周忌、三周忌と
法事を迎える。初盆も。

世代が変わったんだなと
実感する時が増えた。
もう年齢が年齢だから
それはそうだ。

叔母の人生はどうだったろうか。

弔問客から叔母の
知らなかった一面を聞かされる。

僕達家族が受け付けを
担当したのだけれども
来客に関しては母が詳しい為
あの人はどの関係かと聞かされた。

そんな一面もあったんだなと
その都度、僕達は知る。



人が集まる度に

自分自身が一般の人とは
大きく分岐した人生を
歩んでいるのを
痛感してしまう。

HIVのフィルタに照らし合わせ
群衆を見たり
同性愛者のフィルタ越しに
子供達や家族を見たり。

そのせいか
今日はどっと疲れた。

明日は切り替えて
仕事をしないと。

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叔母の死と私達家族

昨晩、叔母の訃報を受けた。

これから入眠剤を
飲もうとしていたところに
母から呼ばれ、僕は知った。

それから叔母方へ向かった。

半身不随で体が不自由だった叔母。
腰の痛みから詳細を調べたところ
全身に癌が転移しており
末期の状態であった。

今月の初旬にお見舞いに向かった時は
不随が幸いしてか痛みもなく
食事も摂れていた。

数日前から血圧が低くなり
食事が摂れなくなっていたようだ。

昨晩は眠っていたのを確認し
叔父が寝ようと寝室へ向かい
戻った時には息を引き取っていたようだ。

すっと静かに眠るように逝った。



僕は残酷だ。

叔母の病状や死について
心配するどころか
僕達家族と父の闘病に関して
振り返って考えているのだから。

叔母家族の病に対する
受け入れや判断。
”何もしないで自宅で看取る”
という選択をした。

僕達家族は反対に
何も選択をしなかった。
それどころか父に対し黙秘を
最後までし続けた。

叔母や叔母家族を観ていて
父の件での
家族に対する怒りの解釈が
すっと消えて無くなった。

叔母家族の懸命であり続けた姿に
僕達を照らし合わせ
自分達もまた懸命であって
一つの答えであったと
自分の中で解釈ができたからだ。



お通夜の段階で
人が物になるんだな
本当なのかな?
なんて涙が出てこない。

葬儀が始まっても
まだ信じられない。

棺桶に花を入れる段階で
徐々に目が理解をし
どことなく涙が出てくる。

葬儀から送り出し
火葬されて骨になると
目が理解をし尽くして
涙なんてとうに出てこない。

そこから徐々に数年かけて
故人が人ではない何かになったと
頭と心が理解をしていく。

毎回毎回そうだ。
明日もそうだろう。

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HIVを僕がどう捉えているか

”HIVは過程でしかない”

twitterに投稿した
HIVに関する僕の考えが
時間差で共感されている。

文字制限の中で
何度も文字制限を越えてしまい
消しては書きを繰り返し
あの言葉選びでツイートした。

今日はHIVに対する考えを
記載しておこうと
文字を綴っている。



HIV感染がわかってしばらく経った頃
HIV患者をサポートしている
ジャンププラスという団体である
元代表の長谷川さんの文章に触れた。

“HIVと自己の尊厳”について
綴られた文章であった。

感染がわかってからの葛藤の中で
いくらHIVであっても
自己の尊厳までは揺るがないと理解し
HIVを受け入れられた
といった内容であった。

”HIVと尊厳”
という言葉が
僕の中に今でも残っている。



富士山の頂点が人生の目的ならば
HIVはただの過程でしかない。

静岡から登っても
対する山梨から挑んでも

最初は全く違う景色でありながら
山頂に近づくにつれて似たような
石ころだらけの道となり
最終的には同じ頂点にたどり着く。

どの道順から登っても
頂上から見晴らす景色は全く同じだ。

同じように
自分自信がHIVであっても
なかろうとも

感染者ならではの苦悩とは裏腹に
感染してなくとも違う苦悩があり
喜びや、怒り悲しみも同じくである。

HIV患者ならではの視点で
僕は物事を感じ、考えて
これからも判断し続けるのだが

目的さえ見据えていれば
僕がもしもHIVでなかったとしても
最終的には同じ点に
たどり着くのではないか?

他人がどう僕を見ようとも
HIV感染はただの
人生の過程でしかないと
僕は感じている。



HIVは暗闇ではない。
ただの過程であり通過点に過ぎない。
ウイルスは所詮ウイルスであり
感染しても僕は僕には変わりなく
尊厳は尊厳であり続けるのだ。

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解熱、普通の風邪でよかった

やっと解熱した。
長かったー。

昨日は出勤した。

体温計と解熱剤を持参し
いざという時には服薬できるよう
準備をして行った。

病み上がりの為
体が重い重い。

昼頃、調子が悪くなり
寒気があった為
計温したところ微熱。

車の車内で休憩をとり
横になっていたところ
暑さで汗が出たおかげか
自然と解熱。

夕飯の量は
仕事をしたせいか増えてて
子供の食事量程度食べられた。



今日は休みで休息。

解熱剤を服薬しないせいか
胃の重さも軽くなり
食事量も八分程度まで戻った。

まだ頭が軌道に乗っていない為
明日から仕事をしながら
徐々に元に戻していくつもりだ。

風邪の影響で
体重が5kg減って
口と鼻がただれている。
しばらくはマスク生活だな。

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発熱で調子が悪い

昨日の午後から調子が悪い。

体調が変だなと仕事しつつ
様子を見ていた。

帰宅時間には悪寒と熱っぽさがあり
家までの帰途の途中で休憩をして帰った。

帰宅して熱を計ると38.4℃
帰宅前に服薬した
カロナール500が効いてない?
服薬して頃には39.8℃。
寝つきも悪くゾルピデムを追加服薬。
途中で起きた際に熱を計ったたら38.0。
解熱鎮痛剤のトラムセットも効いてない。



今日は会社を休んで最寄りの内科へ。
節々も痛いし
インフルエンザチェックをすると
反応なし。

診断は"風邪"という内容であり
解熱鎮痛剤は十分にある旨を伝えたら
葛根湯のみ処方された。
胃もスッキリしてじんわり効くのだが
何せ早く治したいのだが。



昼過ぎに、家にあった抗生物質を服薬。
(本当は駄目だけど…)

夜は平熱に下がり
ご飯とスープを二口程
夕飯を食べられた。
その代償に強い腹痛と下痢。
これは抗生物質かな。

寒気がして熱上がりそうな予感があった為
先ほど計熱したら38.4℃
うーん。しんどいな。
明日も会社は休まざる得ないかも。



こういう時にかかりつけが
遠方だと不自由だ。

直近のデータ管理はそこでしているし
血液データの推移が分かっている為
正確な診断を下せる。
それに薬の飲み合わせの問題もないし。

明日の朝、38℃以上の場合は
電話して指示を仰ごう。

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プロフィール

ぽけんた

1982年生まれ、九州在住、HIV患者。2013年8月15日に〈いきなりエイズ〉を発症。闘病の記録と正直な気持ちを綴っています。見て頂いた方のお役に立てれば良いです。

服薬
【抗ウイルス薬】
ゲンボイヤ
【その他】
レクサプロ・ベルソムラ・ロゼレム・オロパタジン・カロナール
〔2018年6月現在〕
検査数値 (CD4・RNA)

〈2018〉
450ぐらい・検出値以下 (2/7)
〈2016〉
450ぐらい・29(5/25)
〈2015〉
369・検出値以下(6/8)
〈2014〉
269?・32(4/7)
169・20(3/10)
121・20(2/10)
〈2013〉
110ぐらい・74(12/16)
97・? (11/25)
81・460 (10/7)
155・4000 (9/13)
30・430000 (9/5)
48・? (8/15)
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