これが僕のHIVとの生き方

2013年8月にエイズを発症したHIV患者の闘病記です。日々の生活と素直な気持ちを綴っています。

2018年07月

暑さで不安定な睡眠

あーつーいー

暑さで睡眠が
うまくいかない。 

寝る前には
体が熱くて熱くて
扇風機と冷房をかけて寝る。

うまくいってないせいか
ベルソムラとロゼレムの
眠気の持ち越しがあり
絶不調の時は
夕方まで眠気が残る。

ゾルピデムでも
眠気の持ち越しがあり
うーん。

頓服で出してもらった
酸棗仁湯(サンソウニントウ)は
朝すっきりと起きられるが
入眠が不安定である。 

今のところ
酸棗仁湯が一番しっくりと来る為
次回の診察で医師に
相談するつもりだ。

この暑さは
やれやれ
いつまで続くのやら。

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”U=U”を皆が認知すべきである

『相手に傷があって
あなたも傷があり
お互いに触れた場合に
感染してしまう。

この万が一の可能性は
ゼロではないのだから触るな!』

この指摘は 
湧いて出る。

その都度
うんざりさせる。

化石のような人がいて
さらに生きる化石が
正論なのだと
人々は信じ込んでしまう。

人々の誤りと悪意は
集合体となる。

一つ一つを冷静に見ると
誤認識や悪意を
判断できるのだろうが
絶対的な数で形成された集合体は

やがては”正論”になる。



抗ウイルス薬を
一錠に変えて
随分と服薬負担は減った。

キードラッグとブーストの
四錠が一錠にまとまったのは
想像以上に楽であった。

僕がHIV抗ウイルス薬を
服薬し始めた頃は
四錠の服薬であった。

ノービアという薬が
錠剤になっており
以前のソフトカプセル時は
薬を冷蔵保存する必要があった。 

当時の患者の方々は
泊りがけの旅行などは
苦労されただろうに。

海外ドラマのERで
医者がHIV感染をして
闘病を始めるシーンを
見た時は衝撃であった。

時代は90年代後半なのだが
デカデカとした薬瓶を
何本ももらうシーンがある。

朝昼晩とこれをあれをと
服薬指導を受けるのだ。

複数錠の服薬であっても
一日一錠である状況に
感謝しなければいけないと
感じながら観たものだ。

それから
一日三錠に変わり
今では一日一錠になった。

週に一度の注射で済むような
新薬の情報もあり
一日一錠すら
近い将来には
古い話になってしまうだろう。



ERでの医者であった彼女が
HIVが原因で解雇された状況は
何か変わっただろうか?

つまりは医療従事者が
HIV患者だった場合の
風当たりがだ。

20年前と
今とで。



U=U

Undetectable=Untransmittable

検出値以下=非感染



つまりは服薬をして
ウイルスを抑え込んでいる
HIV患者は
感染源にはなり得ない。

これは科学的に立証され
U=Uというものが最近になって
目にする機会が増えた。



可能性論ではなんとでも言える。

上記の病院での場合だと

みじかな人がたまたまHIVに
感染したばっかりで
お互いがたまたま傷があって
病院に向かう際に触れて
感染する場合もゼロではない。

病院でたまたまぶつかった人が
HIV感染してて
感染してしまう可能性も
ゼロではない。

売店でお釣りを
受け取った場合に
店員がHIVで
感染してしまう可能性も
同じくゼロではない。

つまりゼロにしたけりゃ
家から出るな!
である。

馬鹿馬鹿しい。

しかしながら
可能性論で語ると
上記も当てはまり
可能性を確実に無くすには
人が感染源になる上では
人と接するな!である。



患者が社会生活を送る上での
問題解決を支援するのが
ソーシャルワーカーである。

病院によって
ソーシャルワーカーの
認識が異なるのは
転院により経験している。

だからこそ
支援の大きさや支援者のあり方を
実感するに至っている。

その上でHIV患者が
ソーシャルワーカーになっても良いと
僕としては考えているし

むしろ、患者として生きる上での
社会の絶対的な壁を
経験している者こそが
なるべきではないだろうか。

ソーシャルワーカーの中には
淡々とただただ事務的な
説明で済ます
ソーシャルワーカー風の事務員が
混じっている。

だからこそ経験者が
社会と患者を繋ぐ必要が
あるのだ。

何が間違っているのだろうか?

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心療内科と生活サイクル

昨日は心療内科の通院日。

診察室に入ると
簡単に現状の
報告から始める。 


昨日もいつも通りの
報告から始めたのだが
担当医が世間話しを始めた。

忙しいのに珍しい。
恐らく、こちらの反応を
見たのだろうか。

心理面はまずまずなのだが
このところ”やる気”が
出ない状況が続く。 

淡々とした状況を
報告すると合わせて
睡眠の相談をした。

眠剤を三剤での治療を
確定したかったからだ。



週に二度
僕は習い事をしている。

その日は帰りが遅く
22時半に帰宅する。

そこから汗を流し
夕飯の準備をし
明日の用意をする。

自分の時間を過ごしていると
1時頃の就寝になるのだが
神経が興奮していると
2時の就寝になってしまう。

ロゼレムとベルソムラだと
23時頃の服薬であれば
朝に持ち越してしまう為
頓服でゾルピデムを服薬している。

しかしながら
ゾルピデムだと
就寝が安定しない。

ルネスタだと安定はするのだが
副作用の口の苦味で
悪心が出てしまう。

眠剤が二錠までしか
処方が出来ない為
感染症科での処方を踏まえ
助言を求めた。

医師の返答では
ハルシオンやデパスを
飲む方法もあるのだが
オススメはしないのだと。

ゾルピデムやルネスタで
対応できるようならば
それで調整した方が良いらしい。

ゾルピデムは先日の感染症科で
処方してもらった為
再度、一ヶ月様子を見る。



医師から、そうそう…と
漢方薬を紹介された。

”酸棗仁湯(サンソウニントウ)”
という不眠の漢方薬があるらしく
人によっては漢方だけで
順調に改善するらしい。

漢方の場合だと
眠剤としてのくくりから外れる為
処方もできるし
頓服で試してはどうかと
打診を受けた。

こちらとしても
眠剤は心療内科で
一括して管理をしたい為
とりあえず5日分だけ
もらってきた。

自律神経を整え
睡眠を促すようで
漢方薬の頓服を
考えてもみなかった。

来週、試して見るつもりだ。



帰りに薬剤師と
世間話がてら
睡眠を話題に話したのだが
なかなか睡眠は安定してくれない。

この薬剤で調整できそうだと
実感したとしても
次の服薬時には
無理なのだと感じたり

一喜一憂である。

この状態は
眠剤を服薬しているならば
そういうものなのだとか。

睡眠に関しては常に
試行錯誤しているのだけれども

ふわりと眠気を感じたり
寝落ちや短時間の仮眠が
取れるようになった今は

以前と比べると
随分と状態が良くなったものだ。

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通院と先を見据えた薬剤の調整

今日は通院日。

一ヶ月に一度の
通院になってから
うかうかしているうちに
通院日を迎える。

いつも通りに
皮膚科にかかり
感染症科の診察の流れ。



皮膚科では
このところの皮膚の不調の報告と
今後の相談をした。

先々週から急に痒みが出だし
腕に発疹のようなものが出来た。

仕事上で使う薬剤
もしくは材料の成分に
反応しているか
汗疹かなと推測している。

医師に見せたところ
発疹ではないようだとの
回答であった。

徐々に治っているのと
ネリゾナクリームを処方されている為
クリームを塗って様子を見て
大丈夫なのだと。

今日は抗ヒスタミン薬の
今後の相談をした。

二年ぐらい前からか
抗ヒスタミン薬を服薬している。

今年は薬の整理と減薬を
抱負にしている為
抗ヒスタミン薬も整理をしたい。

極力、薬を絞って
必要最小限で生活が
成り立たないものかと。

前回の診察で
皮膚の状態が快調な為
抗ヒスタミン薬の減薬を
打診された。

しかしながら
飲み忘れると刺す痒みがある為
先延ばしにしたい旨を伝えた。

今は、一日二回の服薬をしている為
飲み忘れが度々ある。

医師に相談したところ
飲み忘れたりして
ズルズルと服薬が続くのは
望ましくないのだとか。

今回、一日一錠の
抗ヒスタミン薬である
デザレックスに切り替えた。

一ヶ月、しっかり飲んで
皮膚が改善されたら
次回は減薬のスケジュールを
具体的に組むつもりだ。



次に感染症科の診察。

今回はCPAPのメディアを
会社に送ったのが遅かった為
担当医に解析データが
届いていなかった。

気まずい…

眠剤の服薬を早めてから
寝落ちでCPAPの装着すら
出来てない日が多い為
どちらにせよかんばしくはない。

何やってんだろうなと
呆れてしまうのだけれども

眠剤での生活リズムを作るのが
うまくいっていないのと
どことなくやる気が起きないのと
闘病疲れなのだろうか。

昨晩は寝るのに失敗し
診察中も調子が悪かった。

なんとなく相談し
無難に終えてしまった。
懸命にやってくれている
担当医には申し訳ない。

胃の不快感がまだ治らない為
今回はオメプラゾールという
胃腸薬を出してもらった。

胃カメラで見ようかと
言われたものの
こちらが闘病に対して
やる気が起きないのに
そこまでしてもらうのは
気が引けて明確な返答はしなかった。



闘病疲れのような
やる気が起きない時期が
一定サイクルでやってくる。

しっかりしなきゃと思うものの
なんとなく時間が過ぎてしまう。

今は眠剤の調整と
CPAPで生活リズムを
整えなければならないのだと
わかってはいるのだけれども。

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誕生日は”ない”ものに

『何時頃帰ってくる?』

『今日お母さんの誕生日
祝いをしようと思うんだけど』

姉からLINEが入った。 

「今日は帰りが遅くなるから
みんなでやっていいよ」 

『そっか、わかった。
アルバム作るから写真送って』 

通知で内容の確認ができた為
内容の返信どころか
僕は既読すらしていない。

いやいや。
あなた方。



昨日は母の誕生日祝いを
皆でやったようだ。

僕は習い事があり
帰りが遅くなる為
皆でしててと返信をした。

むしろ乗り気でなかった為
習い事という断りがあって
助かったという心境である。

母とは
”お互いに誕生日祝いなんて
しないでおきましょう” 
”むしろ、もう忘れましょう” 
という暗黙の了解がある。

だから僕はもう祝わない。



父の生前の話なのだが
誕生日を忘れられた時がある。 

その頃はまだまだ免疫値が低く
非加熱のものは摂らない
食事制限をしていた。

”食べたいのに食べられない”
という障壁を想像していたのだが
実際に行うと予想だにしない
問題が浮き彫りになった。

家族の団欒で
非加熱食品だから食べられない
と断ると

『それぐらい食べて大丈夫!
神経質すぎるんだ!』 

といった根拠のない
無神経な主張が飛んでくる。 

何度目かで怒りが爆発し
後々は家族と食事を摂らず
自炊するに至った。

そんな時に僕は誕生日を迎え
 ”今夜は夕飯全てが加熱食品で
皆で同じものを摂りたい”
と願い出た。

このささやかな願いは
打ちのめされた。

『今日誕生日?忘れてた。
今日は〇〇(姉)と
向こうの両親と食事に行くの。
冷蔵庫に肉入ってるから
それ自分で焼いて食べて!』 

と予想だにしない返答があった。
誕生日は祝ってもらえると
信じていた自分が滑稽であった。

両親が帰宅してから母に
『どうせ来年もあるさ』 
と声をかけられた。

その言葉を受け
怒りがこみ上げ
何かを言ったのだが
内容は覚えていない。

年明けに父が亡くなった為
”どうせ来年”の来年は
いつになっても来ない。 



先月は、 僕の誕生日があった。

誕生日はこういった
全てのしがらみから離れる日
と自分の中で決めていて
夜遅くまで遊び呆ける。

母から
『誕生日おめでとう』
という短文が送られてきたが
返信はしていない。

もうなかったもので
いいじゃん。
今更。



この状況を毎年
僕達は繰り返している。 

たかだか
しょうもない話なのだが

このくだらなさの中に
自分の精神的な
限界だった時の苦悩と
父がいなくなった寂しさとの
間で渦巻く怒りの感覚に

くだらないものが
くだらなくなくなり

挙句、逃避という行為が
今はもう心地いい。

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プロフィール

ぽけんた

1982年生まれ、九州在住、HIV患者。2013年8月15日に〈いきなりエイズ〉を発症。闘病の記録と正直な気持ちを綴っています。見て頂いた方のお役に立てれば良いです。

服薬
【抗ウイルス薬】
ゲンボイヤ
【その他】
レクサプロ・ベルソムラ・ロゼレム・オロパタジン・カロナール
〔2018年6月現在〕
検査数値 (CD4・RNA)

〈2018〉
450ぐらい・検出値以下 (2/7)
〈2016〉
450ぐらい・29(5/25)
〈2015〉
369・検出値以下(6/8)
〈2014〉
269?・32(4/7)
169・20(3/10)
121・20(2/10)
〈2013〉
110ぐらい・74(12/16)
97・? (11/25)
81・460 (10/7)
155・4000 (9/13)
30・430000 (9/5)
48・? (8/15)
ぼやき
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