相手の職場に家の鍵を届けた。

家を出る相手を見送った後
テーブルの上に残されている
赤い鍵に僕は気がついた。

相手はあいにく職場を離れていた。
電話で取り次ぎをしてもらい
僕と相手は電話越しに話す。

周囲に関係を悟られない為に
あえてお互い固い言葉で話す。

普段の相手と僕の会話とは違い
社会人ままごとのようで
お互い笑いがこみ上げてくる。


どうやら僕は恋をしているようだ。


電話を切り相手の職場を後にする。
帰宅の途、HIV故にこの恋は
諦めようと僕は考えていた。

目が覚め、夢に気付いた。
電話越しの相手の声が耳から離れず
自分の欲求の確かさを僕は実感した。

自分の欲求を実感したところで
季節外れの毛布に僕はただただ
体を丸くし、くるまるしかなかった。



HIV患者と言えども人だ。

僕にだって人肌恋しい時はある。
自分の好みの理想が目の前にいれば
この人と付き合った場合を想像する。
普段の生活を誰かと過ごせられたら
どんなに幸せだろうかと思う。
相手とのセックスも妄想する。

抱く感情は皆と同じだ。
ただ僕はHIVを患っている。
感染症。治らない。

目に見えない微小のウイルスは
想像よりもはるかに大きい。

恋愛とセックスの問題に
正面からぶつかってしまうと
砕けた場合が大きいだろう。

そう考えると自分のこの欲求を
パンドラの箱のように
開けてはならぬものとして
僕はそっと自分の奥にしまう。



自分の欲求を奥にしまう行為が
心の底から肯定できずにいる。

忘れた頃に夢として欲求を見る。
その都度これはなかったものとして
気持ちの整理ができるまで
丸くなり毛布にくるまる。

夢の中だけでもHIVから開放され
自由を手にできるとは
そう都合良くいかないようだ。

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