“ポン" “ポン" “ポン”

ジェット機の
シートベルト着用時の
電子音がある。

機内の窓から雲を見て
くつろいでいると
独特のあの音が鳴る。

『当機はまもなく
◯◯空港に着陸します』

ガイダンスが流れると
飛行機はゆっくりと
高度を下げる。

雲の切れ間から海が見え
山が見え、街が見えて来る。

やがて頭を持ち上げ
すうっと着陸する。

夢の世界から
現実に戻された気分に
いつも僕は犯される。



父が再入院した。

その”入院”が何を示すのか
僕たち家族は察している。

年末から不思議な経験を
度々、僕はしている。

父の葬儀の夢を鮮明に見たり
誰かの気配や影を感じたり
故人の夢を見たり。

“時期”がいつなのか
感覚として僕は感じている。



AIDSを発症して入院した。
ベットから起きられなくなり
衰弱している姿を心配したのだろう
父が何度か一人で見舞いに来た。

今となってはその時に
何を話したのか覚えていない 。

ただ、照れ臭さや、戸惑い
男同士何を話して良いかわからない。
それでも心配の方が強く
見舞いに来たのだろうと思う。

二、三日寝たきりだった僕は
体を起こす行為から始めた。
手すりにつかまりながら
休憩を挟み同階のトイレまで行った。
次第にエレベーターを降りて
一階の売店まで行けるようになった。

点滴、酸素チューブが外れ
告知、抗ウイルス薬の服薬を
経て退院する。

ベットから起き上がれない程の
衰弱が嘘のように
いつもの洋服を身にまとい
僕は帰路についた。

父と僕は反対の立場になった。
僕が患者で、父が家族に対し
父が患者で、僕が家族になった。

こんな気持ちで僕の見舞いに
父は行っていたのだろうと
考えながら仕事終わりに
見舞いに行った。

だったらあの時の僕のように
ぐっと体調を持ち上げて
回復しないものだろうか。

逆の立場になったのだから
自分の場合を僕は
父に当てはめてしまう。



決まった道順を
あるべきように進む。

機内の音が鳴れば
皆シートベルトを着用し
飛行機は高度を下げて
目的地に着陸する。

路線を変えて
夢のような旅が続くのは
ありえない。

雲の上でどう考えても
現実の目的地に着く。

どうあがいても
“着く”ものは”着く"のだ。

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