「来月の通院では
何をどうしようか?」

汗を滴り落としながら
仕事がてら
自分の闘病を考えていた。

いつも通院を終えて帰路につきながら
“患者”としての顔から
”人”としての顔に徐々に移る。

あの時もそうだ。

父の検査結果が気になり
そのまま父が診察を受けている
病院へ僕は向かった。

病院の待合室で
僕は両親を待った。

父が検査を受けている間に
母と二人で話した。

そんな日もあった。
あの時も汗ばむ季節だった。

ついこの前だと
思っていたのだが。



父を考える時がある。

考えがまとまらず
想いだけが絡まる。
毎回そうだ。

いくつかのフィルターに沿って
僕は考えているようだ。

“人”として
”子”として
”患者”として
”HIV感染者"として



HIV感染者の目線から考える時に
“告知”という問題にぶつかる。

先日ここに記載した
二次感染という軸ではなく
“倫理”とか”情”とか
また別の軸だ。

『親には言うべき』
と考えた時がある。
母がそう考えていたからだ。
父に言うか否かを考え続けた。

父に言わなければならない
どうしてもな理由がない為
僕は告知はせず今に至る。

それ故に
言うべきだったのだろうか
もし言った場合
どうなったのだろうか

HIV感染者の立場から
父を見つめた場合に
いつも上記を考える。



しかしながら
どれだけ考えても
もう父はいない。

HIVの事実を
自分の中で父に
ぶつけたところで
答えはでない。
ずっと。



僕がまだ
様々な立場から
父を見ている反面

”自分”や”人”
という立場ではなく
父は常に”父”という

絶対的な存在で
あり続けようと
したのではないか?

小さい頃に家族を待っている間
父の背中におぶられ
皮のジャケットの独特の
香りを嗅ぎながら
大きい背中と温かさに
すやすやと眠ってしまった時がある。

病気が進行して小さく細くなっても
大きくあろうとし続けたのだろうか?

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