HIVの感染がわかって
恋愛すべきではないと思った。

この病気の感染の多くは
性交渉で感染るからだ。

恋愛を断ち切る行為が
正しいと感じていた。

恋愛をしないには
同性愛者としての立場を
捨てるべきであった。

それが何もかもが
うまくいく 唯一の道だと
僕は信じていた。

自分が”死神"とさえ思っていた。



穴を埋めるものは仕事だ。

仕事をしている時間は
自分の中の問題を見なくて済む。

7時に家を出て
23時に帰宅する。

『仕事熱心だね』と
他人から声を掛けられる。


“違う”


こうしか今は生きられないからだ。
僕には仕事しか
埋められるものがない。

帰宅する時に具合が悪くなる時がある。
目がちかちかとしたりもする。
眠気で運転がままならなかったりもある。

ここまでした。
だけれども
埋められない。

薄々は分かってはいた。
自分の中の問題を
先送りにしていただけかもしれない。



“HIVだからといって
自分の可能性を潰すのは
正しいようで
実は間違っているのではないか?”



最近、そんな内容を
考えるようになった。

“うつす”問題と
”好きになる”行為は
全く別のものである。

HIV感染者が
健常者のパートナーを
持つ場合だってある。

お互いが移す問題と
恋愛が別のものだと
認識し合っているからでは
ないだろうか。



今日は福岡の
レインボーパレードの会場へ行った。

ぎりぎりまで
行くか行かないか迷った。
着いた時には
閉場の一時間前であった。

安堵感があった。

いかに今の生活が
孤独なのかを実感した。

“同性愛者”として生きる
”HIV感染者”として生きる。

僕の人生はこの問題は
避けられない。

これを理由に
自分が幸せにならないなんて
そんなのは馬鹿げている。

僕はもっと
本当の自分自身を
楽しむべきだ。

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