今日は叔母の一周忌。

会社は有給休暇を取り
法事に参加した。

叔父の家でお経をあげ
あげ終わると 
移動をし食事を摂る。

他愛のない話をし
時間が来てお開き。

家に着いて
今はのんびりと
過ごしているところである。



自身がHIVだとわかり
何事も患者としての視点から
物事を考えるようになった。 

あの人が癌、この人も癌。

癌で亡くなる人は
珍しくない。

どんな気持ちで
病気を捉え
のちに余生を考え
ベットの上で
その人は何を考えていただろうか?

なんてついつい
考えてしまうのも 
患者としての物事を
見ているからかもしれない。

父の仕事仲間であった方が
どうも容態が良くないらしい。

癌を患ってて
病状が思わしくないのは
知っていたのだが
腹水が溜まり
入院されているようだ。

癌の場合
水が溜まってくると
残された時間が少ないのを
痛感してしまう。

家族にとっても
いつかは来るであろう
患者の”死”が
いよいよ身近に
迫って来ているのだと 
現実に落とされてしまう。



自分自身が患者であり
病と生きるかたわら
自分の命でさえも
限りがあると
常々感じざる得ない。

その時々の副作用。
通院で目に入る患者達。
閉ざされた診察室。
手に広げた錠剤。 

だからこそ
今を大事にと言われれば
それはそうなのだが。



青く広がった空に
山の緑、海の青。
澄んだ空気。

今日はこちらは
気持ちの良い天気だ。 

地のものを口に運ぶと
生き生きとした味がして
自分の味覚にすっと馴染む。

自分のどこかで
自身を否定していたものの
最近はやっと
肯定できるようになった。 

都会のように
多様な価値観や
物、量はないけれども
のんびりと過ごすのも
これはこれで悪くはない。

僕は素晴らしい人間ではないが
これはこれでいいんだ。

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