これが僕のHIVとの生き方

2013年8月にエイズを発症したHIV患者の闘病記です。日々の生活と素直な気持ちを綴っています。

情報・知識

薬剤変更を調べ考え続ける

薬剤変更に伴う内容を
ここのところずっと
僕は考えている。

自分で調べられる内容は
調べるのだが限界がある。

患者通しのつながりを
構築してこなかった。

調べられる内容の
限界を感じている。

孤独は時として実に非力だ。



現在
プリジスタナイーブ
ノービア
ツルバダ
の三錠をを1日一回服薬している。

PI + NNRTI の
DRV RTV + TDF/FTC
の組み合わせで

キードラッグに
DRV(ダルナビル)
“プリジスタナイーブ”

ブースターに
RTV(リトナビル)
“ノービア”

バックボーンドラッグに
TDF(テノホビル ジソプロキシルフマル酸塩)
FTC(エムトリシタアビン)
“ツルバダ”

の内容である。

キードラッグに
<プロアテーゼ阻害剤>
バックボーンに
<非核酸系逆転写酵素阻害剤>

の組み合わせだ。



新薬だと
キードラッグが
エルビテグラビル
<インテグラーぜ阻害剤>

ブースターに
コビシスタット
となり

バックボーンの
<非核酸系逆転写酵素阻害剤>
は変わらないがその中の成分である
TDFがTAF
(テノホビル アラフェナミドフマル酸塩)
に変わり

TAFはTDFの10分の1の量にも関わらず
従来のTDFと同様の効果を得られる。

投薬量が少ない為
従来懸念をされていた
骨密度や腎機能における
負担を軽減できる。



今引っかかっている内容は
キードラッグである
プロアテーゼ阻害剤を
インテグラーゼ阻害剤に
変えて良いものだろうか
との疑問だ。

ウイルスが薬剤耐性を得てなければ
再度、薬を戻したところで
効果を得られるようだが

問題は5月から微量に検出されている
HIV-RNA定量だろう。
29という低い数値ながら
50以上の数値が続くようならば
耐性を得ている可能性があり
”失敗”の判断が下る。

今後、数値を経緯を見つつ
必要であれば
薬剤耐性を調べる必要が出てくる。

経緯観察と検査をしなければ
このあたりは
なんとも言えないのだろう。



前回記した
ダルナビル/コビシスタット配合錠は
僕は勘違いしていた。
これは一錠で済むものではなく
結局バックボーンの
ツルバダと合わせる必要がある。

今の服薬状況と
さほど変わらない。
3錠が2錠に変わるだけで

TDFがTAFに変わるのを
僕は期待しているのだが
TDFは結局変わらない。

では
プロアテーゼ阻害剤と
非核酸系逆転写酵素阻害剤は
そのままで一錠にまとまる方法は
ないのだろうか?

同時期に治療開始した方は
ブログを辞めている場合が多く
なかなか情報を得られない。

プリジスタナイーブ
ノービア
ツルバダの組み合わせは

当時推奨されていた
組み合わせの一つであり
この組み合わせは
多いはずなのだけれども。



いざ壁にぶつかると
患者通しのつながりを
構築してこなかった現状を
悲観してしまう。

インターネットは仮想現実。
目の前が現実なのだと。

僕が調べた先の判断は
専門家である担当医に
委ねるしかない。

ただ背中を押してくれる
”つながり”を欲しい時が
こんな僕でもある。

何時間、画面に向かったところで
孤独は孤独に変わりない。

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3.11 -HIVである僕の視点-

震災で亡くなられた方々へ
ご冥福をお祈り致します



この日になると
都内の混乱ぶりを
思い出す。

ただならぬ揺れであった。
何が起きたのかわからず
職場のテレビで事実確認をした。

大地震が起きたと知った。

職場の状況を整えるのに
しばし時間がかかった。

津波が押し寄せるらしい。
テレビに映されたのは
漁船が停泊する海だ。
いわゆる普通の港である。
”津波”の意味がわからなかった。

次にテレビを再度つけた時に
“津波”が何かを知った。

なんとか歩ける距離であった為
帰宅の途についた。

一向に進まない車。
音だけがこだまするサイレン。
溢れる人混み。

そんな中、ありの行列のように
僕はひたすら歩いた。

帰宅してテレビをつけた。
津波で押し寄せられた瓦礫が
赤々と燃える映像であった。
相反するはずの
水と火が混ざりながら。

やがて暗くなった闇の中に
紅々と鮮やかに映っていた。



「もしも被災したら
僕はどうするのだろうか?」

考える時がある。
HIV患者の立場で
被災した場合だ。

1年前の今日
“震災とHIV -祈り想い考える-"
という記事を綴った。

HIVの視点から
震災を見つめた記事だ。

上記の疑問を始点とし
様々な情報を調べた。
その結果、一つの
有効な情報を僕は得た。


“やむを得ない場合の薬の中断の方法”


というものだ。

HIVウイルスは変化する。
薬が効かなくなる恐れがある。
それを防止する為に
毎日の決まった時間に
複数錠の薬剤を服薬する。

“服薬しない"とは
すなわち薬が効かなくなる
可能性が生まれる。

その薬だけが
効かなくなるのではなく
そのグループの薬が
効かなくなる恐れがあるのだ。


服薬している抗ウイルス薬を同時に中断し
ウイルス耐性の可能性を低める。
というHIV患者における
非常事態の最後の手段がある。



様々な対策がある中で
この最後の手段を知るか否かは
大きいのではないか。

震災から四年。
記事を綴ってから一年。

時間が経過しても
僕はそう想うのだ。

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頓服薬の内容の再確認

自分が服薬している
薬の内容を改めて見直した。

先発薬とジェネリックを
調べているうちに
自分が服薬している
ジェネリック医薬品が
気になったからだ。

服薬している薬も
知らない部分が多い。



頭痛薬に"トラムセット配合錠”を
頓服で飲んでいる。

偏頭痛があり午後の仕事に
差し支える場合がある。
その為自己判断で
前もって服薬するようにしている。

医療を調べるうちに
ジェネリックにたどり着き
この薬を調べるに至った。

調べてみるとどうやらこの薬は
ジェネリックではないようだ。

副作用から何から
色々と出てきたのだが
一つ気になる部分があった。


“非麻薬扱いですが
依存性や乱用などにも
注意しましょう”


どうやら少し依存性があるようだ。
服薬後に精神的に調子がよいのは
この内容と関係しているのか?



いずれにせよ頭痛薬としては
これまで飲んだ中でも最も
自分にとってバランスが取れている。

しばらくこの薬には
お世話になるかな。

何気に服薬している薬でも
知っているようで知らない部分がある。

間違った情報を正すとともに
新しい発見があった。

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"何もない"というブログの彼女

“何もない”

若くしてAIDSを発症した彼女が
病室で綴ったブログ。

彼女の生きたい想いと
社会の残酷さが
未だに一部残っている。

静かに綴られた一言一言を
改めて読んでいると
感情が溢れ胸が熱くなる。

僕は進まないと。
僕は変わらないと。
僕は生きていかないと。

改めて自分がすべきものを
強く心に感じた。



深夜2時。

静まり返った暗闇の部屋で
遠くの船の音だけが聞こえる。
海の音をただただ聞きながら
この一週間、夜の長い時間を
僕は過ごすようになった。

これからの人生を考える。
良い場合、悪い場合。
どちらにせよHIVと共に生きる。
何も進んでいない現状。
自分を隠して生きる世界。

これから先もこの苦しみは変わらず
ますます苦しくなる一方のように感じる。
楽しみも、希望もない。


「何もない・・・」


この気持ちを一言で僕はまとめた。
“何もない"という何気な一言に
僕は彼女のブログを思い出した。

彼女のブログ

見ると引き返せない気持ちがあった。
以前、何度か目を通したが
僕は再度彼女のブログに目を通した。
コメント欄も。



『生きたい』

彼女は病室で願っていたはずだ。
崩れる体の恐怖の中で
体と心と闘いつつも
社会の多くの声を聞きながら。

社会は残酷だ。
興味本位と好奇心で覗く。
HIVを遠くのものと認識し続ける。
その結果、生きようとする彼女に対し
自業自得のたった四文字を投げかける。

たくさんの葛藤と想いを
興味本位で“自業自得”の四文字で
納められるのだから
彼女は病室のベットの上で
どんな想いでいただろうか。



彼女も僕もAIDSを発症した。

たまたま彼女は亡くなった。
逆にたまたま僕は生きた。

命の分岐点を通り
別々の道を歩んだ。

彼女が生きていれば僕と同じ歳だ。

生活が苦しかろうが
本当の自分を隠そうが
他人にどう見られようが
それでも僕は生きている。

茨の鎖で縛られた僕の心。
それでも縛り続けた僕の両手。
唾を吐き、蹴り続ける。
最後はどうにもならない心に
自分の足で泥を掛け
全部をなかったものにしてきた。

生が叶わなかった彼女を想うと
自分が詰まっていた心境が
小さいものに僕は思えてくる。

生きているのだから
陽にあたっても
風にふかれても
海の香りを感じても
鳥のさえずりに耳をかたむけても
僕はよいのかもしれない。

僕は死にかけた結果
今を生きているのだから。

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HIV患者が被災時にとる最後の方法

HIV患者が被災した場合。


東日本大震災時にHIV患者が
何に直面したか
以前僕は記事に書いた。

【震災とHIV -祈り想い考える-】
というHIVを通して
東日本大震災を見つめた記事だ。
昨日改めて内容を思い出した。

“最後の手段"

知るのと知らないのとでは
大きい違いがあるように思う。
いざという時の為に
僕はこの方法を憶えておかなければ。



昨日、風呂につかりながら
一日を改めて振り返った。

皆と行った市場。
知らなかった地元の一面。
受け継がれて行く伝統産業。
伝統の中で生きる人々。

そんな物思いにふけながら
夕方に移動中の車内から見た
“虹”がふと頭に浮かんだ。

雲の切れ間のような光。
透きとおった鮮やかな色がついており
僕はそれが虹だとわかった。
アーチ型の虹とは異なり
雲の隙間と間違うような
短い長さの虹であった。
今迄にこのような虹を
見た経験が僕にはない。

虹が気になって調べたところ
"環水平アーク”というもので
4日の昼頃に全国で見られたようだ。

5日の都内の震度5の地震と
この全国の珍しい虹が結びついた。
そして生放送で流れた
東日本大震災時の津波の映像と
都内の混乱した状況を僕は思い出した。

改めて災害に対して記した
以前の記事を振り返った。
昨日今日といざという場合の対処を
再び考えるきっかけとなった。



私達は私達の備えがある。
健常者とは違う心構えがあり
とるべき行動がある。

震災を見つめる。
HIVを通して震災を見つめる機会が
あっても私達は良いはずだ。


“抗ウイルス薬を同時に断つ”


どうしても服薬できない
状況下に陥る場合はあるだろう。
抗ウイルス薬の備えをしておくが
それでもどうしても服薬困難な場合だ。

そのような絶望に遭遇しても
僕は自らの意志で自信を持って
服薬を断つつもりだ。

◉震災とHIV -祈り想い考える-

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プロフィール

ぽけんた

1982年生まれ、九州在住、HIV患者。2013年8月15日に〈いきなりエイズ〉を発症。闘病の記録と正直な気持ちを綴っています。見て頂いた方のお役に立てれば良いです。

服薬
【抗ウイルス薬】
ゲンボイヤ
【その他】
レクサプロ・ベルソムラ・ロゼレム・オロパタジン・カロナール
〔2018年6月現在〕
検査数値 (CD4・RNA)

〈2018〉
450ぐらい・検出値以下 (2/7)
〈2016〉
450ぐらい・29(5/25)
〈2015〉
369・検出値以下(6/8)
〈2014〉
269?・32(4/7)
169・20(3/10)
121・20(2/10)
〈2013〉
110ぐらい・74(12/16)
97・? (11/25)
81・460 (10/7)
155・4000 (9/13)
30・430000 (9/5)
48・? (8/15)
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