これが僕のHIVとの生き方

2013年8月にエイズを発症したHIV患者の闘病記です。日々の生活と素直な気持ちを綴っています。

検査に踏み切れない方へ

検査が必要だと感じるならすべき

『HIV検査しよう』

“検査しよう”
“検査しよう”
“検査しよう”…

HIV検査を訴える啓発を見ると
どことなく違和感を感じてしまう。

その訴えのどこが悪いとか
ではないのだけれども

何かが物足りない
といった感覚に近い。

世界エイズデーになると
”検査”というものを
僕は考える。

何が検査を
拒ませてしまうのか。



HIV患者になると
暴言を受ける。

『死ね』はもちろんであるし
『その命に価値はあるの?』と
命の重さを他人に計られる。

はたまた”二次感染”を
テーマに掲げると
『もしも怪我をしてて
そこを家族が踏みつけて
相手がたまたま傷があったら
感染してしまう。
可能性はゼロではないでしょう?』

”車を運転すると
いくら安全運転をしていても
他人の車が突っ込み
事故して死ぬ可能性が
ゼロではないから
運転しません”
ぐらいの極論を論じられる時もある。

ネットであれば
自由な発言ができる。

いき過ぎた発言や
極論を正論だと勘違いするのは
健常者がHIVに関して
正しい知識がないからだ。



HIV患者になると
がらりと世界は変わる。

物事の感じ方も
考え方も変わる。

しかしながら
自分の芯は変わらない。

HIV感染してようが
していまいが
自分は自分だからだ。



”HIV検査を後押ししないもの”

健常者が正しい知識を持たず
暴言を正論だと勘違いするように

感染しているかしていないか
検査を拒む者もまた
正しい判断が
できていないのではないか?

健常者とHIV患者は違うように
HIVとAIDSもまた違う。

即座の判断を余儀なくされるし
家族への告知も迫られる。
金銭的な無駄な負担もあるし
HIVだと回避できる問題も
AIDSだとやむなく回避できない。

いくら医学が進んだとはいえ
AIDSで命を落とす可能性は
ゼロではない事実は
認識しておかなければならない。

恐怖心から検査を拒んでも
背に腹は変えられない。
第一に優先すべきは
自分の命である。

その為に
”検査”をすべきだ。


怖い気持ちはわかるんだ。
僕も以前はそうだったから。

だけれども僕のように
無駄にAIDS発症をすべきでは
ないんじゃないかな。
命を削る必要は。

副作用もあるけども
HIVが体内にあるのが
当たり前になると
自分がHIV患者である実感は
不思議と実感しなくなるんだ。

HIV感染は人生の
ただの通過点だと
感じているから。

副作用はあるけれども
それなりに毎日やれているよ。

もしも感染していたとしても
僕がなんとかやれているのだから
きっと、あなたもやれるはず。

”検査”が必要だと
感じるのならば
検査をしよう。

「がんばって」

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四年目としてHIVをどう考えているか

今日からHIVウイルスと
4年目の付き合い。

4年目。5年目。
さらには10年目。

当時は
目の前の現実を向い合うので
精一杯であった。

なんとか向かい合わんとする
合間の余裕に
遠い未来を
想像していたっけな。

今、僕は
HIVをどう見て
どう感じているか。



2013年8月15日。
僕はHIVを告知された。

外来診察の処置室で
起き上がれない程
衰弱していた。

ベットに横たわる僕に向かって
担当医は”HIVの可能性がある”と告げた。

自分が踏みしめていた地面が
告知を境に天井になるような
気持ちであった。

しかしながら
心理的なショックはなかった。
不思議なもので
不明確から明確に変わった
安堵感があった。

告知の日の状況を
未だに鮮明に僕は覚えている。

HIVウイルスが血中に入り
骨髄や脳の奥まで入りこむように

HIVである事実も
自分の心の奥に入りこみ
溶けて馴染むのだと
当時はよく想像していた。

既成事実はわかっても
年を重ねてHIVウイルスと付き合う
患者本人の気持ちは
思考を凝らしても
わからなかったから。



告知から三年が過ぎた。

HIV感染したのが不幸とは感じない。

医療制度のおかげで
生活は続けられる。
また、進歩した治療により
副作用もなんとか
乗り越えられる。

山の頂上が
人生の最終地点とするならば
Aを通るか、Bを通るか
なのだと思う。

HIV感染をするか
ただしないかぐらいだと。

HIVウイルスに感染したところで
僕は僕に変わらない。

他人は勝手な判断をしているだけで
僕の尊厳は以前と同じであるからだ。

HIV感染者差別があったとしても
周囲が事実に目を背けているだけだ。
目の前に増殖するHIVウイルスに。

HIV感染はただの
人生の過程に過ぎない。

感染が終わりではなく
告知からも人生は続き
どこかへ向かっていくのだ。



衣食住。

健常者が当たり前のものと
捉えるように
HIVウイルスと付き合うのは
僕にとって当たり前である。
服薬も、副作用も、通院も
何気ない生活の一部である。

三年も過ぎると
健常者であった時の感覚なんて
すっかり忘れる。

口の中で角ばった飴が
徐々に角がとれて丸くなり
最後には溶けてなくなるように

HIV感染者としての
既成事実もまた
自分の中に溶けてしまう。

HIV患者とか障がい者と
言われると
あぁ、そうだっけと
改めて我にかえる。

どこに属そうとも
自分は自分には
変わりはないからだ。

自我も、意識も、尊厳も。


HIVに感染した結果
年月を重ねるとAIDSを発症する。

どれだけ医療が進歩しても
発症した結果亡くなる方が
いるのは事実だ。

死亡する可能性の反面
多くの患者が生きながらえるのも
事実であり

僕のように年月を重ねると
HIVと生きるのが当たり前だと
生活を送り続けるのも
また事実だ。

AIDS発症の結果
命を落とすのは馬鹿馬鹿しい。

治療が進歩して
生きながらえる可能性が大きいのに。

たかがミクロのウイルスの為に
無限に広がる自分の命を
捨てる必要はないのでは?

検査が必要だと思う方は
検査をして欲しい。

HIV感染を知った後
どんなに苦悩があっても
いつかは早期発見できた自分に
感謝する日が必ず来るから。

HIV感染者であっても
"あなた"は
"あなた"のままだ。
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検査への率直な僕の考え

生きて
生きて
生きまくれ

検査を
僕はどう考えるか。



今井雅之さんが亡くなられた。

先日も記したように
彼の会見での姿が
強く印象に残っている。

何がどう具体的に
残っているのか
僕は文字に記せない。

ただ様々なものが絡み合い
結果として残っているのだ。

“命”に関しての
いくつかの観点や考え方が
僕の中にあって。



AIDS発症がきっかけで
僕のHIVの闘病が始まった。

“二年"

もうすぐ二年が経つ。
短かったような
長かったような
道のりであった。

苦労はあった。
何度も悩んだし
部屋に塞ぎこんだ時期もあった。

蒸せ返る暑さを
感じられる時期になった。
この暑さの中に僕は
歳月の数々を
想い返す時がある。

ここを読んでいる方の中には
HIV感染して
二年の歳月を過ごすなんて
考えられない方もいるだろう。

僕自身もその気持ちと
なんら変わりない。

自分がHIVと共に生きて
二年を過ごすなんて
想像もできない内容であった。

しかしながら
僕なりに懸命に生きた結果
二年の歳月が過ぎた。

この"歳月の重み"と
"命の重み"は
釣り合わない。

どんなに苦労した歳月が
あったとしても
命の重みの方が勝る。

検査を先延ばしにする
必要があるのか
僕は疑問を持てるようになった。

どんなにHIV治療が進歩しても
AIDSを発症すると死ぬ可能性がある。

検査を先延ばしにした挙句
AIDSを発症して死ぬ。
自分が死ぬなんて想像ができない。

その死と隣り合わせの状況を
先延ばしにした結果
作る必要が本当にあっただろうか?



検査の必要を考える方は
検査を受けるべきだ。

あなたがHIVであったとしても
わざわざAIDSを発症すべきではない。

あなたが僕になる必要はないんだ。

AIDSを発症して
死にかけた過去の僕に。

“生きて
生きて
生きまくれ"

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テレビタックルとAIDS、僕の考え

あなたはテレビタックルの
AIDSの話題から
こちらに来たはずだ。

なぜ来たのだろうか?
ここを見て何を思ったのだろうか?

HIVの何が怖いのだろうか?

漠然としたその恐怖を
では具体化できますか?



何度かHIVへの
僕の考えを過去に書いた。

なぜ僕が”検査"を勧めるのか
僕なりの考えで今日は書こうと思う。



HIVへの恐怖は僕もあった。

何がどう怖いのか具体的にできず
ただただ怖いだけであった。

HIV感染しているかもしれないと
長年思い続けながら
恐怖のあまりの大きさに体内の問題を
直視できなかったのかもしれない。

ウイルスというものは
感染しているか否かのどちらかだ。
グレーはない。

HIV感染してしまうと
AIDSを発症するのは
今や誰もが知っている当たり前だ。

僕はグレーを放置した結果
AIDSを発症した。
前記に続き
もはやこれも当たり前だ。



AIDSを発症してから
HIVとAIDSは
患者の目線から見て
違うとわかった。

両者の違いは記述上わかるが
体内から理解するのは
なかなか難しいのだろう。

AIDSを発症すると
時間・費用・免疫・心
大事なものを損傷してしまう。
命さえも落とす場合もある。

発症しなければ
そうはならないはずだ。

これがHIVとAIDSの
患者目線の違いではないか。



“こうはなりたくない”



僕のこのブログを見て
内心思ったはずだ。



ではこうならない為に
今できるものはなにか。

それは”検査”だ。

HIV感染しても
AIDSを発症する必要はない。


「あなたまで僕になる必要はない」


検査した結果残念ながら
HIV感染しているとすると
色んな経緯があるはずだ。

その経緯を経て
いつか検査に踏み切れた
自分自身に感謝する時が来るはずだ。

もしもあなたが
HIV感染していたとしても
あなたが僕にならず
その”時"が来ると信じている。

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HIVだから不幸のどん底ではない

「不幸のどん底か?」

HIVにおいての幸福尺度とは。
日々考える中で
幸福尺度がある。

今の闘病生活が
不幸のどん底かどうかだ。

今の自分が今を計った時に
果たしてどうだろうか。



AIDSを考える時がある。
HIVではなくAIDSだ。

闘病が始まってもうすぐ一年になる。
一年という境目が近づくにつれて
AIDSの発症を考える。

僕とHIV。
AIDSと僕。

命。
これまで。
これからの将来。
今。

HIVのある生活を送っている。
非常な日々が平常になってしまった。

あれだけ非常だと考えていたものが
自分の中で平常になるのだから
なんとも不思議なものだ。

HIVが故に掴めないものがある。
現時点でも模索して進んでいる最中だ。
ただ全てが掴めないものではない。

幸福尺度についてはまさにだ。

いくらHIVとはいえ
不幸のどん底とは言い難い。
苦労もあるが乗り越えられるものがある。
苦難の中にも幸福なものもある。

もしかするとこれは
“HIVを患っている”
からの考えであり感情かもしれない。

健常者から見たHIVと
患者から見たHIVは違う。



HIV検査を先送りにする
意味はあったのだろうか?

AIDS患者であってもベストな日々を
送るようにしている。
HIV患者であるともっと
ベストが尽くせたのかもしれないと
時々僕は考える。

AIDSを発症しその日を境に
準備の時間がないまま
次を決断する生活が始まる。
命の危険があるからだ。

AIDSとHIVは
患者自身が通る道が違う。
“決断までの時間”も一つだ。

一年前、AIDSを発症した時に
もしも命を落としていたなら。
まさに不幸であったと
つくづくと僕は考えるのである。

今に続いて来た道は
決して幸福ではないものの
一方で不幸でもない。

HIVに感染しているとしても
今に続いてきてさらに
将来に続こうとしているからだ。

過去の僕はもっとベストな今を
続ける方法を早く取るべきでは
なかったのだろうか?



これがAIDSを発症して一年経った
僕の率直な考えである。

検査をすべきだと自身で思うのならば
やはりあなたはそうすべきだ。

結果の果てに一時的などん底が
あったとしても必ず検査に踏み切れた
自分自身に感謝する時が来るはずだ。

AIDSを発症した僕でさえ
そんな状況でも決断して進む自分に
感謝する時があるのだから

あなたはもっとベストを尽くして
大きい感謝に包まれる時が来ると
僕は信じている。

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プロフィール

ぽけんた

1982年生まれ、九州在住、HIV患者。2013年8月15日に〈いきなりエイズ〉を発症。闘病の記録と正直な気持ちを綴っています。見て頂いた方のお役に立てれば良いです。

服薬
【抗ウイルス薬】
ゲンボイヤ
【その他】
レクサプロ・ベルソムラ・ロゼレム・オロパタジン・カロナール
〔2018年6月現在〕
検査数値 (CD4・RNA)

〈2018〉
450ぐらい・検出値以下 (2/7)
〈2016〉
450ぐらい・29(5/25)
〈2015〉
369・検出値以下(6/8)
〈2014〉
269?・32(4/7)
169・20(3/10)
121・20(2/10)
〈2013〉
110ぐらい・74(12/16)
97・? (11/25)
81・460 (10/7)
155・4000 (9/13)
30・430000 (9/5)
48・? (8/15)
ぼやき
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